黒い声をだしたかのように思われる先生は、強く抱きしめている手の力をゆっくりと緩めていく。
そして、私の顔を覗き込んでニヤッと笑った。
「…お嬢様、私にかなうとお思いですか?」
「!!!!!!?」
あ、あれ!!?
今まで先生モードだったのに!!
なんでいきなり執事モードになってんの!!?
「私はあなたより何歳も年上なんですよ?」
「…あ、はい。知ってます。」
「大人の知識は豊富なほうだと思いますが…どうしましょうか。」
えっと…私は何をどうしたらよいのでしょうか。
大人の知識って…なんですか?
何事ですか?
え、先生何をしようとしてるんですか?
「大人の知識…とは?」
そう言いながら、覗き込む先生の顔から少しそらす。
近すぎて先生の顔を直視できない。
恥ずかしすぎるし、執事の時の先生のオーラはさっきとまでとは違いすぎて正直戸惑う。
「では…実践してみましょうか?」
じ…っせん?
今、実践とおっしゃりました?
それは何かとまずい気が……!!!
「ちょ、先生まっ…!!」
グイッ
「お嬢様、私は待つのが嫌いな性分なんです。ですから…もう待ちません。」
「なっ!!せ…っっ!!!」
後頭部を力強く引き寄せ、先生は私の唇に自分のを重ねた。
「ん…っっせ…!!」
何度も繰り返される激しさに、身体がとけそうになる。
唇…熱い。
後頭部に回された力強い手も、抱き締める手も。
全てが熱い…。
「…麻椿。」
「ん…。」
キスの合間から聞こえる先生の声は、やたらと私をドキドキさせた。
実践って…なんて激しい。
「はい、ここまで…です。」
唇を離した先生は、ポンッと私の肩を押して身体を離す。
激しかったキスに息をあげながらも先生を見ると、先生の息もあがっているように見えた。
それに、顔なんか真っ赤…。
「ん?」
むむむ…これは、もしかして…。
下を向いたまま動かない先生の顔に手をあてると、私の体温よりはるかに高い温度を感じた。
「ちょっと先生!!熱が…っ!!」
そうだった。
あんな余裕そうな顔してたけど、先生は酷い熱を出してたんだ…。
「お嬢…さま…。」
「え?あ、先生!?」
そのまま、先生は上を向く事がないまま私の方へと倒れてしまった。
「ふぅ…これでよし。」
薄い水色のフカフカのベッド。
とても優しい匂いがするアロマ。
そして、薄暗い部屋。
きっと寝るのに最適な環境だろう。
「…上田、手伝ってくれてありがとう。」
「いえ、私の方こそ手伝わせてしまって…。」
申し訳なさそうに私を見る上田が、何故か笑っているようにも見えた。
「…お嬢様、雄輝と仲直りできたのですね。」
「え…あ、えぇ。」
仲直りってのとはまた違う感じがするけどね。
「じゃあこれからも雄輝が執事で宜しいですか…?」
「…………。」
「お嬢様?」
「上田、あなたにお願いがあるの。」
これからの私と先生の人生をかけた、大切なお願いが……。
「あのね……。」
―――――――………
「…本当によろしいのですか?」
「えぇ、これが一番いいのよ。」
「そうですか…では、かしこまりました。」
「ありがとう…。」
それから、私にお辞儀をした上田を見送り、そのままベッドへと足を向けた。
寝たいわけじゃない。
ただ近くに居たいだけ。
執事であり、先生である私の大切な人のもとに。
「せんせ…。」
「んっ…うぅ…」
苦しそう。
熱のせいで身体が熱いのか、先生は布団を脱ぎたがる。
そして私はそれを見ては直すの繰り返し。
これ以上酷くなられたらどうしていいか解らないから…。
だから、今私ができる全てを先生にやってあげるんだ。
「ごめんね…先生。」
眠っている先生の頭をそっと撫でる。
サラサラの髪に長いまつげ、火照った頬がよくあっている。
きっと、熱なんて出ていなかったら綺麗な寝顔なのだろう。
今の寝顔はあまりに苦しそうで綺麗なんて言ってられない。
綺麗よりも心配がうわまってしまうから。
「ん……っっ」
「えっ、先生?どしたの?苦しい?」
「っはぁ…はぁ…」
私が頭を撫でていると、先生は突然声をあげながら苦しみだした。
どうしよう…私どうしたら…。
ガタッ
「あ……。」
そうだ、薬…。
さっき上田が起きたら飲ませて欲しいと置いていった解熱剤が私の視界に入った。
これのんだら…楽にはなるかな?
「……できるかな。」
置かれていたコップと薬に手を伸ばし、ゆっくりと薬を口の中へ。
そして、当たり前のように水を飲む。
というより、水を口の中へと含んだ。
よし、準備万端……。
先生の顔の横に手を置き顔を近づける。
そして、そのまま唇を重ねて薬を飲ませてみる。
けど、初めてだから上手くいくはずもなく…。
「…ふんっっ?!!!」
なんと、苦戦してる最中に先生が起きてしまったではないか。
そして次の瞬間、ゴクン…という音と共に先生の目も見開いていった。
まぁ不幸中の幸いといいますか…無事薬は飲んでくれたよ。
「お嬢様…?もしかして…。」