「それは上田からの教えなの?」
「いえ、そうゆうわけでは…。」
とゆう事は先生の考えなんだ…。
握っていた鞄から手を離し、脱力していく。
「…もういいです。」
「え?お嬢様?」
「冨田さん。」
「…なんでしょうか。」
近づいてきてた先生に、私からもう一歩だけ近づくと、とても近い距離だった。
驚いてる先生の顔を下から見上げるというのはまた新鮮だ。
さっきと顔色一つ、声のトーンすら変えずに、私は先生へ残酷な一言を言い放った。
「あなたをクビにします。」
「………今なんと?」
「冨田さん、今までありがとうございました。
あなたの仕事は今日で終わりです。」
聞こえるか聞こえないかの声でそう呟き、私は部屋へと逃げるように走り出した。
先生の返事を聞かなかったのは、何て言われるか怖かったから。
その場にいる事すら、今の私にはできなかった。
ガチャッ、ガタガタ…
「もぉやだ……。」
鍵を閉めた扉の前にずるずると座り込んだ瞬間、一気に涙が頬を伝う。
そんな、まるで子供みたいに泣きじゃくる自分の姿に絶望を覚えながらも、止める事ができない。
泣かないと決めたのに、涙はあわないはずなのに…。
流れる涙の冷たさが身体を冷やしていく感じがする。
「…ひっく…っっ。」
自分がどうしたいのか、どうされたいのか。
この感情も、何とも言えない孤独感も…何もかも解らない。
どうしてしまったのだろうか…。
止まる事をしらない涙を拭うと、制服の袖がベタベタになっていた。
これは私なんだろうか…。
こんなに泣くなんて…私はいつからこんなに弱くなってしまった?
コンコンッ
「!!!?」
もたれていた扉から響いてくるノックの音に、思わず身体が反応してしまう。
いったい誰だろうか。
もしかして…先生?
確かに、いきなりクビと言われても納得できないだろう。
…でも、今は冷静に対応できる自信は無いに等しい。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
「!!!…上田??」
「はい、そうでございます。開けていただけますか?」
「ちょ、ちょっと待って。今開けるから。」
頬につたっている涙を全て拭い、鍵と扉を開けた。
「…どうしたの?」
「ちょっと用事がありましてね、どうでしょうか私とティータイムというのも。たまには新鮮でいいんじゃありませんか?」
いきなりの訪問に驚いている私を無視して話し始める上田に更に驚きが隠せない。
でも、持っているティータイムセットを指差し、いたずらっぽく笑う上田からは安心感が漂ってくる。
昔からこの人からは何ともいえないものを感じるんだよなぁ。
「お嬢様?お嫌ですか?」
「あ…えっと…。」
そういえば初めてだ…上田とティータイムなんて。
今まで一人で飲むのが当たり前だと思ってたし。
新鮮か…そう言われればそうかもしれない。
「…そうね。お願いしようかしら。」
「かしこまりました。失礼いたします。」
久しぶりだ。
上田と一緒の空間にいるのは…。
なんだか懐かしいな、この感じ。
カチャ
「どうぞ。」
いれられた紅茶からとても良い匂いがする。
この香りは…。
「アップルティーでございます。」
「アップルティー…。」
これまた懐かしいな。
最近はストレートが多かったし。
「そういえば、初めてお飲みになったのもアップルティーでしたね。」
「えっ、そうなの!?」
「はい、そうですよ。」
アップルティーが特別好きな訳じゃないんだけど……そうだったんだ。
何か、上田に少し敗北感。
「あなたは私より私の事を知ってるのね。」
「それはそうでございます。
なんといっても、あなた様がお産まれになってからずっとお仕えしてきたのですから。」
「…………。」
お仕えしてきたか…。
その言葉は今の私には少し残酷かもしれない。
いつか先生にもそう言われる日が来るんだと思うと、胸が締め付けられるようになるんだ。
「上田。」
飲んでいた紅茶を一度置き、ソファにもたれる。
すると、少しだけ眠気を感じた。
「どうなされました?」
私の眠そうな表情を見てか、上田も紅茶を置き、こちらをじっと見てきた。
「私は…いつからこうなってしまったのかな。」
「……え?」
「なんで…なんで私はこんなに弱いんだろう…。」
もたれていた身体をズルズルと倒していき、ソファの上に寝転がる。
眠いからかな、どんどん弱音がでてきてしまう…。
上田の驚いた顔を見ると言ってはいけないとは思うんだけどね……。
「お嬢様。」
「ん……。」
向かいのソファに座っていたはずの上田は、いつのまにか私の目の前に来ていて、そっと毛布をかけてくれた。
その毛布の温もりは、私の眠気を更に増長させる。
「初めてですね、思っている事をおっしゃって下さったのは…。」
「…そうだっけ。」
「そうですよ。お嬢様は我慢してばかりでしたから。」
我慢してばかり…。
きっと、そんな事はないだろう。
皆から隠れるように泣いてばかりいる私は、我慢などできていない。
「泣いてもいいですよ。」
「え……?」
「我慢など必要ないのです。
それに、泣くという事は弱いと同じではありません。時には泣く事が強い事なんですよ。」
強い?泣く事が?
そんなの初めて聞いたよ。
「人間誰しも弱いものなんです。強いものなどいないんですよ。」
「……上田。」
上田のその言葉は、私の心をどんどん軽くさせていく。
私ばかりがよわいんじゃない、人間誰しも弱さを持っているんだ。
そう思って弱さに言い訳をつけるのは良くない事だけど、今の私には救いの言葉だった。
――ポタ…ポタッ
「…お嬢様?」
上田のばか…。
そんな風に優しくされたら、泣かないわけにはいかないじゃんか。
「ふふふっ、それでいいんですよ。」
「うっ…ひっく、うわぁぁ…」
かけられた毛布が濡れていく。
手も、顔も、ソファまでもが少しベタベタだ…。