五分もしないうちに、母さんが戻ってきた。
「だからノックぐらいしてって」
「もう、偉そうに」
それからしばらく沈黙が続いた。
母さんは借りてきたナイフで何やら作業をしながら、
急に思い出したように僕に言った。
「そういえばね」
「………」
「さっき看護婦さんから聞いたんだけど、今日の朝、女の子がここの病院に来て、あなたに『ありがとう』って。名前は言わなかったみたいだけど、背中にギターしょってたみたいよ。誰なの?」
雨がさらに強くなる。
「ねぇ聞いてる?」
「…知らないよ。そんな人」
「そう。人違いかしら。じゃあ母さんそろそろ行くね。これ、リンゴ剥いといたから、あとで食べなさい」
そう言って母さんは病室をあとにした。
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