――――そんな奴が供を一人も連れずに徒(かち)で?
ますますわけがわからない。
「まだお前の名を訊いておらなかった。して、名を申せ」
前の政宗が振り返りざまに尋ねた。
しかし、山賊女は罰が悪そうに目線を逸らす。
「俺に、名はねぇ」
「ないのか?賊の中では何と呼ばれておる?」
「『姉貴』だ。そんなもの、俺には必要ないからな」
「否、俺が呼ぶに困るであろう。そうだな…」
そう呟き、手を顎に当てて考え込んだ。
暫くの後、
「では、『ひすい』と呼ぶ」
「ひすい…?」
「川蝉(カワセミ)の異名じゃ。翡翠(ひすい)は雄雌を総称している。そして、まことに美しき鳥よ」
「……そんな名、俺じゃ勿体ないだろ」
政宗はふっと笑い、女の頬を撫でた。
「いや、お前こそふさわしい」
「え…」
「来い、ひすい」
そう言うとどんどん城の奥へ行ってしまった。
「ちょ、待てよ!」
赤子を抱え、『ひすい』も進んでいった。