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「何をしているんだい?」

若い頃のワタシの問い掛けに、妹は不思議そうに首を傾げた。

「見て解らない?マフラーを編んでるの」
「いや、まだ夏始まったばっかりだよ?」
「兄さん、冬に編み始めたら間に合わないわ」

クスクスと笑う。
笑うけど、彼女に笑顔は無い。
力の無い笑顔は見てて痛々しい。

「で、兄さん?なんの御用かしら?」
「用が無いなら来たらダメなのかな?」
「平日のこんな時間に来たらダメに決まってるじゃない」

時計を見ると正午過ぎ。
学生は学校に行ってる時間だ。

この頃のワタシは学校なんて重要ではなかった。
重要なのは妹、須佐野迷だけだった。
病弱な彼女は学校に行けず、病院だけが彼女の世界だった。

「学校はつまらないからね」
「あら?兄さんったらイジメられてるの?」

可笑しそうに笑う。
それでも活気が無い。
苦しそうに息を調整して微笑む彼女が、あまりにも哀しくて見ているワタシが苦しかった。

「……兄さん?」
「…………ん?」

昔のワタシが苦しそうな、なんとも言えない顔をしていたから、マヨイは心配した。

今ならこんな顔はしない。
きっと作り笑顔を保てるだろう。
彼女の為なら全て偽る事が出来る。

「また難しい顔してるわ」
「そうかな?」
「眉間にシワ寄せて、何か耐えられないモノを耐えてるみたい」

この頃既にワタシはおぼろ気ながら人の不幸が視えていた。

近所の老人から生前に黒い綿埃が視えたら、数日後にポックリ亡くなった。

その程度。
不幸の前兆、サインが視える程度のモノ。

それでも、その程度のモノでも目の前にある不幸は大きく視えていた。

この世に存在する何物よりも黒く。
あの世に存在する何者かのように禍々しく。

最も似合う言葉を選ぶならソレは『死神』だった。

「兄さんの考えてる事を当ててあげましょうか?」
「ほぅ?当ててみてくれ」

少し間を置いて、マヨイは昔のワタシを見つめ告げた。

「私の……マヨイの命」
「…………」

偽る事も出来ず、まだ幼いワタシは気圧される。

更に年下の妹の、クマが目立つその両眼に、ワタシは気圧される。