維新なんてクソ食らえ後始末が大変でしょ、手代木の巻き

奥から妹の葵が出てきた。



「まあ、新鮮な野菜。
今日のおかずは、ふろふき大根にしましょう」


「葵ちゃんは料理が上手いから。

いいお嫁さんになるわね。

それには、先生も早く嫁をもらって、葵ちゃんを嫁がせないとね」



手代木は苦笑いした。



葵は野菜のかごを持って奥へと消えた。


太郎と母親が外に出るのと、数人の官憲が中に入って行くのとすれ違った。


二人は官憲を目で追った。



彼らは玄関で大声で怒鳴った。
「おぃ。

誰か居るか!」


「おぃ!」


手代木は一旦、教室に戻っていたが、玄関に出ていった。


「何でしょうか」


官憲の一人が口を開いた。


「お前がここの塾の責任者か?」


手代木が頭を掻きながら答えた。


「はい」


「お前、学制を知っているんだろうな」

「…」


さらに、官憲が声を荒げた。


「知っているのか」

「まぁ。

それなりに」


「それなりだと!」

官憲が顔を真っ赤にして怒った。
官憲が言った。


「今すぐ、塾は止めろ」


手代木は尋ねた。


「どうしてですか」

「学制を知らないのか。

六歳になったら、皆、小学校に行かねばならぬ。

お前はこのお触れに逆らうのか?」


「いいえ」


「嘘を言うな。

この辺りの子供が小学校に行ってないのは、お前が行かなくていいと言っているからだろう」


手代木は反論した。


「それは、言いがかりでございます」
その騒ぎを聞きつけて、奥から子供達が出てきた。


官憲は子供達を目ざとく見つけた。


「何だその子達は?

学校に行かずにいるではないか」


官憲は優しい声で、問いただした。


「お前達はなぜ小学校に行かないんだぃ?」


子達は手代木の背中に隠れながら答えた。


小さい子が答えた。


「ここの方が楽しいもん」
少し大きな子が警官の前に立った。


「母ちゃんが小学校は金がかかるから行かなくていいって言ったもん」


手代木はあ~と思って額に手をあてた。

警官は薄ら笑いを浮かべた。


「子供は正直だな。
手代木さんよ。

一緒に警察署まで来て貰おうか」


官憲が手代木の腕を掴んだ。


手代木はその手を捻り上げた。


官憲が痛いと悲鳴を上げた。


「おぃ!

これ以上、やるとこの子供らも連れていくぞ!」


官憲が近くに居た一人の子供を抱えた。


手代木は官憲の腕を放した。


官憲は手代木を両脇を抑えて警察署へと連行して行った。


葵が悲しい目で見送った。


太郎とその母親もその後ろ姿を見送った。
一通りの調べが済むと、手代木はまた両脇を抱えられて、署内の牢に連れて行かれた。


「少し、ここで反省しろ」


官憲が牢の扉を開けて手代木の背中を押して中に押し込めた。


手代木は転がるように牢に入った。

官憲が去って暫くすると、靴音が近づいてきた。


手代木が入っている牢の前に、目つきの鋭い官憲が立った。


くわえていたタバコを手に持った。


「手代木さんか。

いや、元京都見廻組頭佐々木さんと言ったほうがいいのかな」


手代木は自分の元の名を知っているのに驚いた。


「俺の昔の名前を知っているとは

お前は何者だ」
「そうか。

俺のことは知らなかったのか。

いつも屯所に来たときは、局長達としか話していなかったものな」


「し、新選組の関係か」


「昔の名は斎藤一。
今は藤田だがな」



「そうか。

どこかで見たことがあると思った」


続けて、手代木は藤田に尋ねた。


「何でここにいるんだ」
「この服を見てわからないのか?

官憲だからだ」



「フッ。

新政府の犬に成り下がったな」


「何とでも言え。
俺は俺の真理を通しているだけだ。

お前の方こそ違法な先生ぐらいしか成れないのか」


「余計なお世話だ」

手代木は横を向いた。