手代木が乗った人力車は街を抜け人気の無い林に入っていった。
「車屋。どこに行くんだ」
「こっちが近いんです」
車はどんどん林の奥に入って行った。
車が止まった。
「どうした」
手代木の車の周りには数人の浪人が囲んでいた。
車夫も刀を握っていた。
「死ねー」
浪人の一人が手代木に襲いかかって来た。
手代木は刀を抜いて一太刀で腹に一撃を与えた。
浪人は倒れた。
後の浪人達は一瞬ひるんだ。
手代木はその隙を逃さず、浪人達の間をすり抜けるとみね打ちにした。
手代木は木の陰に影山がいるのに気付いていた。
「影山君。
もういいだろう。
隠れてないで出てきたらいいんじゃないか」
大木の後ろから影山が手を打ちながら現れた。
「手代木さん。
試してすいませんでした。
それにしても見事ですね。
ぜんぜん腕は落ちていませんね」
「試したのか」
「ええ。
ここではなんなので、場所を変えて打ち合わせしましょう。
奥に庵がありますよ」
葵は刀を持って出かける兄を見た。
『私の病気のせいで、悪いことしないといいけど』
急いで出て行ったので、理由を聞く隙がなかった。
ただ、人力車に乗って行く後ろ姿を見送るしかなかった。
気を取り直して食事の支度を始めようとした。
「こんにちは」
また、玄関から声がした。
「あら、水島さん」
そこに居たのは新聞記者の水島だった。
水島は下町にある新聞社に居て、塾の宣伝記事とかを書いてくれた。
「今日は、官憲が来たときの話しを聞きに来たんですけど」
「あらっ。
ごめんなさい。
兄はちょうど今出かけてしまいましたわ」
「なんだ。
間が悪いですね。
お兄さんは、何時、お戻りですか」
「ちょっと…
分かりません」
「じゃあ。
今日は時間があるので待たせて下さい」
水島は玄関先に座った。
「そんな所で待たせたのでは、兄に叱られますから、奥にどうぞ」
葵は教室に案内した。
「ここが、教室ですね。
奴らひどいことしますね。
教科書は破れてるし、壁に穴が空いている」
「いえ。
それは兄がやったんです」
葵は顔を赤らめて言った。
「今、お茶を持ってきます」
葵が部屋を出て行った。
しばらくして、茶碗が割れる大きな音がした。
水島が行くと、葵が台所で倒れていた。
葵の額に手を当てると熱があった。
水島は近くの部屋に布団を敷いて横にさせると、急いで医者を呼びに行った。
「戻ったぞ」
手代木が玄関で声をかけると、男の足音が近づいてきた。
「お前は誰だ」
水島が言った。
「妹さんが倒れたので看病してます」
手代木は急いで奥に向かった。
布団に葵が寝ていた。
水島が後ろから言った。
「さっき寝たばかりなんで…」
手代木が振り向いた。
「とりあえず礼は言っておく。
一体、貴様は何者だ」
「申し遅れました。
下町新報の記者で水島と云います」
水島は手代木の脇に座りった。
「実は、今、寺子屋が官憲の取り調べにあっているのでいろいろ取材していまして、たまたま、おじゃましたら、妹さんが倒れたので医者を呼んだりしてました。
少し、落ち着いたら話しを聞かせてくれませんか」
手代木は答えた。
「すまないが、今日は無理だ。
後にしてくれないか」
その言葉を聞いて、水島は帰った。