「そうか。
俺のことは知らなかったのか。
いつも屯所に来たときは、局長達としか話していなかったものな」
「し、新選組の関係か」
「昔の名は斎藤一。
今は藤田だがな」
「そうか。
どこかで見たことがあると思った」
続けて、手代木は藤田に尋ねた。
「何でここにいるんだ」
「この服を見てわからないのか?
官憲だからだ」
「フッ。
新政府の犬に成り下がったな」
「何とでも言え。
俺は俺の真理を通しているだけだ。
お前の方こそ違法な先生ぐらいしか成れないのか」
「余計なお世話だ」
手代木は横を向いた。
「手代木さん。
そんなにすねるなよ。
なあ、昔のよしみでここから出してやってもいいんだぜ…」
藤田が最後まで言い終わらない内に、酔った逮捕者が牢に近づいてきた。
藤田はその方とは逆にその場から立ち去った。
酔っ払って官憲に連れて来られた浪人風の男は、手代木の牢の中に押し込まれた。
手代木のそばに男が倒れ、ドスンという音がした。
「こっから出せ!」
彼はそう叫んだが官憲は無視して行ってしまった。
手代木はその声に聞き覚えがあった。
振り返ると、相手も彼の方を見た。
酔っ払いはうつろな目で手代木を見た。
「く、組頭?」
「か、影山か?」
「やっぱり、組頭じゃないですか。
お久しぶりでした。
どうしたんですかぁ」
そう言い終わると、酔いつぶれてその場に寝してしまった。
影山は元京都見廻組のメンバーだったが、手代木とは別の班にいた。
鳥羽伏見の戦いで別れたきりでその後はお互い何をどうしているか分からなかった。
「なれの果てが酔っ払いか」
手代木は彼の哀れな寝姿に向かって呟いた。
一夜が明けると官憲が手代木を牢から出した。
まだ、影山は寝ていた。
「またどこかで合うだろう」
手代木は影山に別れを告げずに牢から出た。
一日ぶりで家に帰ると、玄関に葵がぼんやりと座っていた。
「ただいま」
手代木の声に葵が頭を上げた。
「お兄さま。
教室が壊されて…」
手代木と葵が教室に行くと中はぐちゃぐちゃだった。
「昨日、あれからまた、官憲が来て、机を壊し、本を破っていきました」
殆どの机は足で蹴られたのか二つに折れていた。
教科書にしていた漢字の本がばらばらになり散らかっていた。
「クソッ」
手代木は拳で壁を叩いた。
壁に穴が開いた。