「え…」
「ほら、早く」
「う…うん」

 ぎこちなくのせたあたしの左手をぎゅっとにぎり、「よっ」と引き上げる。
 立ち上がった勢いで、彼の顔が間近に。
 端正な顔立ちの中に、ほんの少しの幼さを残したその顔は、ちらりとあたしの顔を見て、

「…なに?」

 と言ってそっぽを向いてしまった。

「あ、ごめん。なんでもない」

 彼は顔を背けたままあたしの手を離す。

 そういえば…説明会の時、まだ桜咲いてなかったな…。
 だから道に迷ったと思い込んだのだろう。
 ほんの数日で、違う道に見えるほどまで…。

「ほら、行くぞ」

 するりと、あたしの横を通り過ぎながら彼は言った。


 再び風が吹き抜けた。
 爽やかな風は、新しい草木を撫でるように揺らして行く。
 --春風…

 「待ってよっ」

 足早に前を行く彼の後ろ姿は、誰かの背中を思い出させた。