ない。
冷蔵庫の扉のカゴ、見慣れた青いパッケージが見当たらない。
あと一パックあったはずなのに。
「何探してるのー?」
昨晩帰ってきた彩花さんが、横から顔をつっこんできた。
これ、随分と距離が近すぎやしないか。
柔らかそうな髪の毛が頬に触れそうだ。
ほんのり良い匂いがする。
しかし、このドキドキは、ときめきじゃなく極度の緊張によるものだ。
朝から精神を圧迫するようなことはやめてほしい。
いや、朝でなくてもやめてくれ。
「あの、ですね。ここに牛乳があったはず、なのですが」
硬直した体から震える声を絞り出すと、彩花さんはいたずらが見つかった子供のように表情を崩した。
「うわー、ごめん!いっぱいあったからシチューとグラタンに使っちゃった……もしかして斗馬くんが飲む分だった?」
「い、いえ……いいんです……」
もはやそれが鳴き声であるかのように「ごめん」を連呼してくる彩花さんに必死の作り笑いを返しながら、俺は内心悲嘆に暮れていた。
無駄なことだとは承知の上だ。
でも俺がすがれるものはもうそれしかないから、気休めでもいい、今朝はたっぷり飲んでおきたかったのに。……
「ほんっとーに、ごめんなさい!私、もう行かなきゃいけないから、お詫びと言ってはなんですが、これ、受け取って!」
彩花さんは忙しなく財布から取りだした五百円玉を、強引に俺に握らせた。
「え、これ……」
「やっぱり頭の良い人は牛乳飲んでるんだね!優子も斗馬くんを見習いなさい!じゃ、行ってきまーす!」
「いってらっしゃい」と優子が言い終わらないうちに、彩花さんはショルダーバッグを引っかけて出かけてしまった。