母親が疑われていると分かって怒っているのか?首筋に冷気を感じて体を強張らせると。


「卵」


「へっ?」


「卵、嫌いですか?」


一瞬、何のことか分からなかった。

そういえば俺は、出汁巻き卵をつまんだままだったのだ。

なかなか食べないから苦手だと思われたらしい。


「いや、好きだけど……」


「そうですか」


納得したような返事をしたくせに、まだ視線を離してくれない。

食うまで信じないぞ、とでも言わんばかりの目だ。

居心地が悪いから、俺は出汁巻き卵をいっぺんに口に放りこんだ。

それを咀嚼して飲みこむまで見届けた優子は、散々急かすような雰囲気を醸し出していたくせに、それに対して一切関知していなかったかのように視線を弁当に落とすと、箸を動かし始めた。

なんだ、嫌がらせか?

飯もまともに食わせてもらえんのか。

いたたまれなくなった俺は弁当を急いでかきこんで腰を上げた。


「おっ?斗馬、もう食べたのか」


彩花さんとの会話に夢中になっていた親父が、血色のいい顔で見上げてくる。

楽しそうでいいな。

だが俺は限界だ。


「部屋、戻るから」


「なんだ、今日は彩花ちゃんと優子ちゃんが越して来た日だぞ。もうちょっと四人でテーブルを囲んでいようや」


テーブルじゃない、ちゃぶ台だ。

横文字にしたって物は変わらんのだから見栄を張るな。

というつっこみは置いておくとして。


「勉強すんだよ」


天下の宝刀を持ち出すと、たちまち親父は黙った。

彩花さんも、少しかしこまったように背筋を伸ばしている。

もう一人は……何も変わらないようだが。

世間では、神世を神聖視する風潮が強い。

そこに通う人間が発する『勉強』という言葉には、やはり大きな力があるようだ。

今ばかりは、あの外面ばかり立派な学園に感謝してもいい。