女という生き物は何かにつけ『可愛い』という単語をやたら口にするが、

それは『可愛い』と言っている自分自身が『可愛い』でしょ?というアピールなのだ、

とはよく耳にする話。

そういった腹黒い心理作戦にはひたすら嫌悪させられるのだが、自分がその作戦の一端を担う道具として使われてしまう場合、嫌悪感はすべて自分自身に跳ね返ってくるから迷惑な話だ。


「服織女(はとりめ)くーん!」


からかいの色を含んだ高い声が、廊下を歩く俺の足を止めた。

聞き流したかったけれど、そうはいかない。

こんな、初見では何て読むのかさっぱり分からないだろうけったいな名字の人間なんて、この広い世界でもそうそういなくて、その広い世界とは比べものにならないほど規模の小さな学校なんて空間では、それはもう俺しかいないに決まっている。

おそろしく気乗りしないけれど渋々声のした方を振り向くと、よその教室の窓から顔を出した女子が四、五人、俺に向かって手を振っていた。

みんなおもちゃを買ってもらった幼児みたいな満面の笑みだ。

ああ、無下にできない。

望まない反応が返ってくると分かっているのに、俺はぎこちない笑顔で彼女達に軽く一礼してしまった。

それをきっかけに、わき上がる歓声。


「きゃー、笑った!」


「チョー可愛いーっ!」


ほら見ろ、やっぱり。

ちくしょう、そんなにはしゃいだってお前らなんかちっとも可愛くねーんだからな!

俺はきびすを返し、再び早足で歩き始めた。

騒ぎに気づいた生徒達に注目され始めている。

早くこの場を去らなければ、いいさらし者だ。

ちょっと便所に行っただけなのに、どうしていちいちこんな目に遭わなきゃいけないんだ。