「わーっ!お兄ちゃん、ありがとう!」


優子を包んでいた腕が俺に伸びてきて、今度は俺が、がっつりと抱きしめられてしまった。

思いの他ぎゅうぎゅう締めつけられて痛い。

可憐な見た目からは想像もつかない怪力だ。

男でもへばってしまうほどの過酷な仕事をこなせる所以はこれだったのか。


「ありがとう、ありがとう!学校より優子を優先してくれたんだよね?電話で、すっごいかっこよかったよ!」


「ぐぇっ……あの、離し……」


酸素が足りなくなってきた、そろそろヤバい!

俺は彩花さんの背中を精一杯加減して叩く。


「ギ、ギブです、ギブ!」と同時に、玄関から雄叫びが。


「優子ちゃんが熱を出したって本当かー!」


人口密度の高まっている狭い台所へ、更に髭が伸びて薄汚れたおっさんが駆けこんできた。


「親父……」


「真人くん!」


「おかえりなさい」


出迎えた三人が各々反応する。


「優子ちゃん……あれ?」


優子の無事を確認したらしい親父は、しかし安心するどころか、世界の終わりのような相貌をしてその場に崩れ落ちた。


「やっぱり彩花ちゃんも若い方がよかったのか……こんなおっさんより……」


どうやら、俺と彩花さんの状態を見て勘違いしたらしい。

馬鹿だな、俺と彩花さんがどうにかなるわけないじゃないか。

エロゲじゃあるまいし。


「やだ、違うよ真人くん!私が好きなのは真人くんだけだから!」


彩花さんは俺から親父へ飛び移って、ぼさぼさの汚い頭を抱えて撫で始めた。

おい、自分らの子供が見てるんだぞ。

教育に悪い、というか俺がいたたまれなくて優子を部屋に連れて行こうと思ったのだが。


「仲良し」


いちゃつく大人達を見ている優子が満足そうに呟いたので、声をかけるのはやめた。

この子が何を考えているのか、理解できるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。