「はーい、もしもーし」
思いの外、早く出てくれた。
俺は舌を噛みそうになりながらまくし立てた。
「もしもし!彩花さん、優子がすごい熱なんです!起きたら倒れてて、すげえ苦しそうで……」
「あらら、うん、分かった。ちょっと斗馬くん落ち着こうか」
「えっ?」
どうしてこの人こんなに能天気な口調なんだ、娘が一大事なのに。
「深呼吸、深呼吸」と促されて、俺は気持ちの上では歯軋りしているのに、なぜか体は素直に大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いていた。
「落ち着いたー?」
「……はい」
やけにのどかな声は魔法のように、この手の震えを止めた。
「あのね斗馬くん。優子ね、ちっちゃい頃からよく熱を出しちゃうの。最近はそうでもなかったんだけど、たぶん今回もそれだと思う。ちょっと疲れがたまるとダメなんだよねえ。案外繊細な子なの」
疲れ、という言葉に、良心がずくりと痛んだ。
「でも解熱剤を飲ませればすぐ良くなるから大丈夫だよ」
「解熱剤?」
「そう。台所のカウンターの、右から二番目の引き出しに、うさぎさんが載ってるピンクの箱が入ってると思うんだけど、ちょっと見て来てもらっていい?」
一旦受話器を寝かせ、電話を離れる。
言われた通りの場所を探してみると、掌ほどの大きさの薄い箱を見つけた。
ピンク色で、うさぎのマークもついている。
これだ!一刻も早く飲ませようと急いで中身を取り出してみて、シートの膨らみがすべて潰れていることに気づき愕然とした。
「すみません、箱はあるけど中身が全部なくなってるんですが!」