職員室にたどり着く前に、これから何を聞かれるのか見当はついていた。
だから、この白髪交じりの髪を几帳面に後ろへ撫でつけた、いかにも真面目な教師が、気まずそうに言葉を濁しながら話を切り出してきたとき、俺は動揺しなかった。
「先生は嘘だと思っているのだが、本当のところは、どうなんだ?」
物腰が柔らかい分、怒ったら恐そうな人だな。
そんな今はどうでもいいことを考えつつ、どうしようか悩む。
この人は担任だから、どうせ俺には母親がいないことも、家が貧乏だってことも知っているのだろう。
面倒だが、ここでは話しておいた方がいいかもしれない。
だから俺は全部打ち明けた。
春休み以来起きたことを、要点だけかいつまんで、分かりやすく話したつもりだった。
「なるほど、大変だったね、それは」
担任は、眉間にしわを寄せて何度もうなずいている。
分かってくれたか。
だとしたら……早乙女那美にも、機会があれば話してみてもいいかもしれない。
そんな希望を抱いた矢先。
「……ちょっと、今の話をお父さんにも確認させてもらうから、廊下で待っていなさい」
机の引き出しから名簿を取り出しながら、担任は強張った表情で言った。
「確認……?」
なんで、そんなことをする必要があるんだ。
聞いても担任は俺を見ようとしない。
そうか。
こいつは俺が嘘をついたと思っているんだ。
「分かりました」
信じようとした俺が、馬鹿だった。
「失礼しました」
職員室を後にする。
待っていろと言われたけれど、俺は待たなかった。
だって親父は仕事中、会社と我が家以外からの着信には出ないのだ。
待つだけ無駄。
一生電話かけ続けてろ、このクソ野郎が。
正門に唾を吐き捨てて誓う。
俺はもう、家のことは誰にも話さない。