「――どうしたの?寒さでお口が固まってしまったのかしら」

「…アリス、父さんに質問はするなよ。聞かれた事だけに答えるんだ。質問をされたとしても、けして顔を上げてはいけない。憎まれ口は今だけにしろ。あと…その、ローズは…悪いがここで待っていてはくれないか?」

「…どうしてなのですか?ローズは…ちゃんとウィルのお約束守れるのです!お顔も上げません、お口も開きません!だから…置いていかないでください」

「わかってくれ、ローズ。“もし”何かあった場合、父さんの命令には逆らえない。お前が…理不尽な理由で牢屋に入れられるのは…嫌なんだよ。こら、泣くなよ。俺はお前の事を思って――」


縮みあがる程の冷気に包まれた睦庭園の松ノ内庭を抜けた先に、赤漆の壁に金の南京錠の掛った屋敷が現れる。

錆びついた金属質の鍵を差し込み、重たい観音開きの扉の先には、煌びやかで多種多様な千代紙を乱雑に千切って張られた廊下が続いていた。

天道虫、蟷螂、飛蝗、蜘蛛、蠅、蜂など、蟲の柄の入った千代紙を見ていると、まるで蟲籠の中に居るような錯覚さえ覚える。

先ほどから下らない痴話げんかを始めたローズとウィリアムに呆れ果て、そろそろだろうと仲裁に入る事にした。


「…とんだラブコメね、耳にキノコが生えてきそう。こんな“のど飴”より薄っぺらい男、こっちから願い下げてやるものなのよローズ。生ごみに混ぜて捨ててしまいなさい。ウィリアム、当主の顔を見た“だけ”で、暗い牢屋にローズが入れられるのを黙って“パパの命令だから”と見過ごすわけ?くだらない、嗚呼、胸糞悪い。病的なファザコンね」

「お前は現当主の恐ろしさが分からないから憎まれ口を叩けるんだよ!俺なりにローズの事を守ろうと――」

「そこまで怖がるのなら始めから連れてこなければいいだけの話なのに、此処まで来てぐだぐだ文句ばかり言わないで。いい男っていうのはねぇ、守るって決めた女の為なら、権力を握りしめていた手の平で畑を耕すことが出来る男の事を言うのよ」

「うぅうっ…ッふたりとも仲良くするのです!!ローズは耳と目を塞いで此処で膝を抱えて待っているのです。だから…ッだから、お願いします喧嘩は止めてください!」