「見事な春ね。でもとっくに桜の時期は過ぎている筈よ?珍しい品種なのかしら」

「品種改良で散りにくくなっているらしい。花が全て落ちる前に植え替え続けているんだ」

「…なるほどね。さすがストークス本家、“手入れ”に余念がないのね。今更ながらストークス本家に足を踏み入れた実感が湧くわ」

「ここは第一区画の花残月庭園の一つ、桜花ノ庭になる。他に、菖蒲ノ庭、涼暮ノ庭がある。どこも春を演出しているが、全てデザインが異なっているんだ。この先には、廊下に沿って文庭園の睡蓮ノ庭に繋がっている」


饒舌に本家の庭園に就いて語るウィリアムに生返事をしつつ、掬いあげた花弁を指から零す。

ひらひらと優雅に舞う花弁が、どこか不自然な速度で落下していく事に気付いた。

先ほどからずっと桜をはたき落としているというのに、ウィリアムとローズの着物にはまったく付着していない。

材質が関係しているのかと思って目を凝らせば、まるで磁石が反発するように避けて行く花弁。


「…今、実感が湧いたわ。ここは国軍を統括するストークス本家。爪先から旋毛まで一瞬の気も抜けないのね。思考を停滞させてしまえば飲み込まれてしまう。それで?他の庭園も同じような物なのかしら」

「そうだ。此処は桜をモチーフにデザインされていているが、部屋ごとに異なる設計になっている。春は客人、夏は使用人、秋は親族、冬は当主。大きく区画すれば4つの屋敷がある。さらに細分化されて4つの部屋に分かれているんだ。迷ったとしても、受付以外の使用人には絶対に声を掛けるなよ?」

「外部の人間とのパイプに使用人を使われては困るものね。肝に念じておくわ、下手な疑いを掛けられるほど面倒なことは無いもの」

「…物分かりが良過ぎて困る程だ、アリス・ブランシュ。父さんが居る季節まで少し歩く事になるから覚悟しろよ」


ローズと私への対応の温度差に苦笑しながら、体に付着した花弁を丁寧に掃う。

一枚だけ袖の下に隠しながら、ほんの好奇心で手の平に桜の山を作った。

それを花弁の繊維が潰れるほど堅く握り込み、ウィリアムへと拳を振り上げた。

肩に触れる寸前で磁力の反発に似た、肉眼で捕えられない壁に拒まれ桜を散らすしかなかった。