『危険も承知だ。もし死んでもアンネローゼは違う個体に移してやる。だから…お前はアンネローゼを守る必要は無かった。むしろくたばっててくれた方が、書類も少なくて済むというのに。お前のやって来た事は、無駄な事だ』

『…そ、んなッ!白兎は、眠りネズミを守ってくれたのですッ!!それを無駄なんて、言わないでくださいッ!!謝って、謝ってッ!!』

『…うるさい、騒ぐな。頭痛に障る。アンネローゼは私が連れていくが、お前は後でストークスの人間が回収に来る。時期が来れば呼び戻す』

『連れて…いかないでくれッ!!お願いだッ眠りネズミ、眠りネズミ!!待って、返せよ…ッ返せ!!』


泣き叫ぶアンネローゼの頬を叩き、掴みかかる俺の鳩尾に蹴りを入れる帽子屋。

ボロボロと涙が溢れて、アンネローゼが俺の元から消えてしまうのがこれほど耐えがたい苦痛になると思わなかった。

痩せっぽっちの両手を伸ばしても、届かない、掴めない、守れないんだと。

俺が今まで守って来たものは、こんなにも簡単に奪われてしまう物なのかと、絶望した。


『白兎ぃッ!!きっと、きっとアリスに会うのですッ!!そして、ハートのジャックの事を教えてあげてくださいッ!白兎、その時はまた…ッまた会えるのですッ!」

『そうだな、次にみんな揃った時はお茶会の続きをしよう。それまで、絶対に死ぬなッ!』

『はいっ…!絶対に、絶対にみんなで…もう一度――ッ!』

『もう一度…あの庭で、お茶会を…っ』


最後の言葉をかけた時、アンネローゼの姿は表通りに消えてしまっていた。

無力な腕を地面に叩きつけ、幾日も怒りと悲しみに震える日々が数週間続いた。

雨が降りし切る中、衰弱した俺の前に椿の香りを纏った着物姿の女が現れる。

そいつは自分の名前を“姫ィさま”と名乗り、俺をストークス本家へと招待したのだ。