――その日から、俺達にとって常温から切り離された“世界”が始まった。
汚い物が掃き溜められた泥臭い裏路地の隅に、拾って来たビニール袋やダンボール、雑誌などをかき集め寒さをしのいだ。
数日前に食べきり、乾いてしまったオレンジの皮を口に入れ、ふやかしてからアンネローゼの口へと運ぶ。
ポロリと口の端から零れ落ちる皮をどうにか押し込め、喉の奥に流し込ませた。
その次の朝、紳士風の男が現れて、焼き立てのパンを片手に俺達に差しだす。
『欲しいか?』
『…う…ううっ…』
『ほら、食べたいんだろ。最高のスパイスを効かせてやる』
『あ…嗚呼、あ…』
湿気た地面に焼き立てのパンが落とされ、久しぶりのまともな食事に手を伸ばした。
温かい表面に指先が触れた途端、手の甲に嫌というほど靴の裏の味を教えられる。
骨がギタギタに砕かれる音が全身に響いて、あまりの激痛に何度も意識が飛びそうになった。
それでも俺をこの世に留めるのは、泣き叫んで許しを求めるアンネローゼが居たからだろう。
『ぎゃあっ…あ、があっ…ぐうっ…!』
『やめて、くださいッ!お願いします、お願いなのですッ!酷い事…ッしないで…ッ』
『黙れ、うるさいんだよっ!ゴミの中がお前らの棺桶なんだッ!口答えすんじゃねぇよッ!!』
『いや、いやああっ!!!!助けて、助けてぇええっ!!』
紳士風の男が振り上げた拳が、アンネローゼを標的にするのを俺は見逃さなかった。
指が引き千切れるのを覚悟で男の靴の裏から引き抜き、アンネローゼに覆いかぶさる。
それが気に食わなかったのか、俺の髪を掴み上げて耳の中に意味さえ理解できない呪いの言葉を吐き捨て続けた。
蹴られ続けた傷口から血が溢れ、赤い滴がアンネローゼの頬に伝って地面に染みた。