「――話してよ。私の中では一つの残念な推測がある。貴方とは私は…どうしてあの場所に居たの!?」

「…施設の一角に位置する庭園。ヒースが群生して咲く野原の先。新緑の匂いに、土の音。煤けた本を片手に、誰も見つからないように走る。林を抜けて、木の間を潜って、息を切らしながら駆け抜けた」

「ヒース…の花…」

「目印のリボン。お茶会はいつも決まって三時。理由は彼女が設定したシステムがその時間に作動するから。持ち運んだのはティーカップとポット。デザートに出る焼き菓子を隠し持って皆で食べる。それが僕らのルールだった」


脳内で彼が口で語るより遥かに鮮明な映像を想像することが出来た。

エリカの花、新緑の匂いはまるでその場に居たかのようにリアルなもの。

太陽には手を伸ばしても届かない事、雲は綿菓子のように甘くはない事。

それを教えてくれた小さな女の子と、憎まれ口を叩く男の子。

そして、私の目の前に居る彼が…その場所にいた。


「脳内の情報全てをデータ化して、大型記憶媒体…“パンドラ”の一角へと転送する。つまりそれは“個人の記憶等全て隠蔽、削除”することが“可能”だという事だ。それを黒羊たちは施されて、常人ではない知能を一時的に低下させられていた」

「…でも現在は施設は焼失したから、データ転送されることはなく…子供たちは野放しに。いつ復旧するか分からないから…レイは私に協力を求めた。“パンドラ”を開けてしまった私だから。…貴方の言いたい事はもうわかったから…」

「君は“記憶を隠蔽、削除”されている。作為的にそれを施す事が出来るのは“黒羊”だけだ。君は焼失する前に施設を出たから、消えている。僕は焼失した後にハーグリーヴス家に引き取られた」

「でもレイは…私の事…違うって。四大名家は黒羊を跡継ぎに据える。でもレイは…黒羊じゃない私を…選んだって」


怖い、怖くて暗い扉の先。

入れてはいけない扉の先に手を入れて、そこには知らない住人がいて。

私のその腕に絡みついて、蛇のように離れない。

ゾッとするほど冷たい感触に引きずられて、私は暗闇の中に足を踏み入れる。