小春は私の声に答えず、ゆっくりとロッカーへと手を入れ


「…トランプ、カード…?」


出て来たのは一枚のカードだった。


 裏は赤と黒のチェック、表は何も印刷されていないカード。

 一見、どこにでもあるトランプのスペアカードだろう。


 だが小春は表情を引きつらせ、カードを見つめるままである。


 そして指先がわずかに震えている、ように見える。



 里美は不安になって声を掛けようとした時、今度は小春のブレザーに入れていた携帯のバイブがそれを阻んだ。



 小春はたどたどしい手つきでそれを取り出し、耳元で通話ボタンを押した。



兄貴、と小春の口が言おうとした瞬間、後ろにいる里美にまで聞こえるほど大きな声がその場に流れる。


「!小春っ!!オィ今どこにいる?!小春、大丈夫か?!」




 夏瑪さんだ。



 小春を通して顔なじみである、彼女のお兄さん。



 夏瑪さんは何度も訴えるように小春を呼んでいる。




 明るく活発な夏瑪さんの、こんな焦った声を聞いたのは初めてで



 何かに恐れるような彼の声音と目の前の小春と、今さっきの妙な放送……




 その時の里美には何が起きたのか全くわからなかった。



 そして



 これから何が起こり始めるのかも、まだ知らなかった。