「こらっ将生、走っちゃだめって
言ってるでしょ。」
「へへっ。」
男の子は甘えるように女性の肩に顔を埋める。
すると、女性は俺に気付いたのか顔を上げ、
「すいませ・・・あっ!?」
と、謝りかけて言葉を詰まらせた。
「奈緒子・・・?」
「雄志・・・」
その女性は紛れもない奈緒子本人だった。
奈緒子・・・?
今、お母さんって・・・
「・・・・・」
俺は奈緒子を前に言葉が出なかった。
なんで奈緒子に子供が・・・?
すると奈緒子は気まずそうに俺から顔を逸らした。
奈緒子・・・
そして、男の子を抱きしめる手から見えたもの・・・
薬指に指輪がしてあった。
えっ!? 指輪・・・
奈緒子・・・
「雄志。」
奈緒子は何かを言おうと顔を上げた。
「そうやったんや・・・
奈緒子、結婚してたんや・・・」
「えっ!?」
「そうやんな? 奈緒子みたいな女が
今まで一人なわけないよな・・・?
そうかぁ・・・
それやのに俺はおまえと・・・・」
俺は怒りの様な絶望の様な
どうしようもない感情が込み上げて来た。
雄志は奈緒子に背を向けると、
何も言わずに歩き出した。
「雄志!!」
奈緒子は慌てて雄志を呼び止める、
しかし雄志は振り返ることなく足早にその場を去って行った。
「雄志・・・」
そんな雄志の背中を悲しげに見つめる奈緒子。
「お母さん、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。」
そう言って奈緒子は男の子を抱きしめた。
雄志・・・
奈緒子の目から涙が流れ落ちた。
結婚もして子供もいるのに、
俺はそんなに同情されてたんか?
奈緒子に家族を傷つけさせてまで俺は・・・
くそっ・・・くそっ・・・
俺はやりきれない気持ちで車に乗り込み
エンジンを掛け走りだした。
「終わったぁ~」
仕事を終え、ぐっと両手を上げ背中を伸ばす楓花。
今日も疲れたなぁ~・・・
「はぁーっ・・・」
楓花は両腕を下ろすと腕時計を見た、
時間は午後6時を指している。
さぁ、早く用意しないと。
今日は定時で上がって、
これから勝彦と会うことになっていた。
会うと言ってもお金の返済、でもデートの様なこの時間は
楓花のとっても唯一の楽しみでもあった。
「楓花、お疲れぇ~。」
すると、同僚の知美が疲れた様子で近付いて来た。
「あっ、お疲れ知美。」
「ホント、毎日毎日働いて疲れるよ・・・」
「何言ってんの、当たり前のことでしょ。」
「相変わらず楓花は真面目だねぇ~」
「そう?」
「そうだ楓花、ご飯行こうよ?
日頃の溜まったものをパァーっと発散しに行こ?」
知美が体を乗り出しながら言った。
「あっ、ごめん。今日はちょっと・・・」
「えっ!? あっ、そっか、
今日は彼氏に会うんやね?」
「か、彼氏じゃないって!!」
「はいはい、毎月楽しみにしてるくせに~」
うっ・・・それを言われると・・・
知美は私を見て悪戯に二ヤリと笑う。
「だから、違うって!!」
「なんで~彼氏みたいなもんやん、
実際付き合ってたんやし。
それに今でも愛されてるみたいやしさぁ~」
「ううっ・・・」
確かに、まわりからみたら彼氏みたいなものなんだろう、
返済と言いながらもちゃんと会ってるのだから。
でも愛されてるかどうかは・・・
と、思いながらも楓花は勝彦の愛はちゃんと感じてる。
「でも彼も可哀そうだね~ そんだけ想っても
楓花を手にすることはできないんだから・・・」
!?
楓花の手が一瞬止まった。
「あっ、ごめん、楓花!!」
そんな楓花を見て慌てて謝る知美。
「ううん・・・」
確かにそうだよね、私が悪いんだよね・・・
私が勝彦を縛り付けてるんだよね・・・
私がお金なんか借りなかったら、
今頃勝彦は誰かと幸せになってたはずなのに・・・
私が勝彦を引き止めてるのかな・・・?
そうやって罪悪感を感じながらも、
心のどこかで少しホッとしてる私もいる。
このホッとした気持ちはなんだろう?
私にとって勝彦は・・・
どうなんだろう・・・ねぇ・・・
私は会社を出ると待ち合わせ場所に向かった。
するといつものように勝彦が立っている、
そんないつもの光景がなんだか嬉しい。
ホントに勝彦は早いよなぁ~・・・
私は待たせてばっかりだ。
「勝彦!!」
「おっ、楓花!! 珍しいなぁ?」
「えっ!? 何が?」
「おまえが時間どおりに来るなんて。」
「はぁ!? 失礼やなぁ~
私だって時間は守ります!!」
「あらそう? 大人になったってわけですか?」
「はい、一応社会人ですからね。」
「フフッ。」
「フフッ。」
そういつもの会話で二人は笑った。
勝彦はいつも早く来て私を待ってくれてるんだね・・・
楓花はそんな勝彦を見て微笑んだ。
「今日は、楓花が喜びそうな店見つけたで。」
「えっ!?」
「楓花が喜びそうなカフェ!!
いや、ケーキ屋さんって言った方がええかな?」
「ケーキ屋!? マジで!?」
楓花の目が一気に輝きに変わった。
「おおっ、食いついて来たなぁ~。
今日は飯より先にそっちに行くか?」
「うん、行く行く!!」
楓花は勝彦が仰け反るほど体を乗り出し答えた。
「ノリノリやなぁ・・・
わかった行こう!!」
すると勝彦は楓花の手をそっと繋いだ。
「えっ!?」
「早く行かんとなくなるぞ?」
勝彦はニコッと微笑む。
「うん・・・」
楓花も顔を少し赤くしながら微笑んだ。
その手はやさしくて、胸がキュンとあたたかくなった。
手を繋ぐのは何時ぶりやろう・・・
時に気を遣いながらやさしく私を引っ張ってくれる。
勝彦・・・
あなたの笑顔を見てるとホッとする、
ずっと一緒にいたくなる、この気持ちは・・・
なんだろう・・・ねぇ・・・?
こうやって会うことが当たり前になっていて、
何も考えなかった、こんな時がずっと続くと思ってた、
でも知美に言われて少し意識してしまった楓花。
でもこんな風に勝彦に手を繋がれて、
やさしくされると、楓花の心は揺れる・・・
勝彦との時間がすごく幸せなんだなと感じていた。