私は勝彦と別れて家に帰ると、
あれだけ元気を失くしていたお兄ちゃんが、
すごいテンション高めで出迎えてくれた。
「よう楓花!! おかえり!!」
「えっ!? ああ・・・ただいま・・・」
「今日はデートじゃないんか?」
「えっ!? ああ、もうして来た。」
「そうかぁ、えらい早かったなぁ?
もっとゆっくりして来たらよかったのに。」
何、このテンション?
壊れちゃったの?
「あ、そう・・・?」
「飯できてるぞ?」
「あ、うん・・・ありがとう・・・」
お兄ちゃんはそう言ってまた仕事場に戻った。
「お母さん?」
「んんっ!? ああ、おかえり楓花。」
お兄ちゃんと対照的に全然元気のない母。
あれ!? えらく温度差がある・・・
「お兄ちゃんどうしちゃったの?」
「えっ・・・?」
「なんかすごいハイテンションなんやけど?」
「ああ・・・」
私が聞くと、お母さんは俯いた。
「お母さん!?」
「雄志・・・奈緒子さんと別れたらしいの・・・」
「えっ!?」
お兄ちゃんと奈緒子さんが別れた・・・?
「どうゆうこと!?」
「うん・・・またお父さんがお金借りたでしょ?
それでもう無理だって・・・
それにお父さんが奈緒子さんのお金まで
当てにするようなこと言ったでしょ?
だからもう無理だ、別れるって言ったの・・・」
「そんな・・・」
これじゃあ今までと一緒じゃない・・・
「実はね、奈緒子さんに何度か
お金借りたことあったのよ」
「えっ!?」
「その度、雄志にはかなりの重荷になってたんだと思う。
『これ以上、奈緒子に迷惑かけられない』って・・・
今度こそは幸せになれると思ってたのに・・・」
お母さんはテーブルの上でうな垂れた。
そんな・・・酷いよ・・・
酷過ぎるよ・・・
「おっ、楓花!! 飯は食ったか?」
お兄ちゃんが作業場から帰って来た。
「えっ!? あっ、ま、まだ・・・」
「はよ食べや? あんまり遅く食うと太るぞ?」
「う、うん。食べるよ・・・」
そう言うとニコッと微笑むお兄ちゃん。
お兄ちゃん・・・
私はお兄ちゃんの笑顔に胸が痛かった。
その笑顔の向こうは悲しみでいっぱいなんでしょ?
泣いてるんでしょ?
お兄ちゃん・・・
「あっ、俺今からちょっと行って来るわ。」
「えっ!? どこに?」
「集金やちょっと早いけど
くれるって言うから行って来るわ。」
「そう、気を付けてね。」
「おう。」
お兄ちゃんはそう言って出掛けて行った。
お兄ちゃん・・・
私は無理して笑うお兄ちゃんに何も言えなかった、
どう接していいかがわからなかったんだ。
私はあまり食も進まぬままご飯を食べて
二階へと上がった。
お兄ちゃんの部屋の襖が半分空いていて
灯りが点いている。
私はお兄ちゃんの部屋を覗いた。
「電気消し忘れて行ったんだ・・・」
私は部屋の中に入り電気を消そうとしたら、
机の上に置いてある一冊のノートが目に入った。
日記帳!?
私はそのノートを手にした。
なんて書いてあるんだろう・・・
家のこと? 奈緒子さんのこと?
そして別れたこと・・・?
私は見てはいけないと思いながらも、
「ごめんね。」と、ノートを開いた。
そこには奈緒子さんとのことが書かれてあった。
デートしたこと、奈緒子さんの手料理を食べたこと、
初めてケンカしたこと。
すごく楽しそうな二人のやり取りが書かれてあった。
そして私のことも書いてあった。
『今日、初めて楓花が奈緒子と笑顔で話してくれた。
ちょっとは打ち解けてくれたのかな?
楓花の悩みが解決したからなのかな?
でも、本当によかった。
楓花がこうやって奈緒子と仲良くしてくれることが
俺は最高にうれしい。』
「お兄ちゃん・・・」
お兄ちゃんはホントにわかってない、
誰のせいで悩んでたと思ってるのよ・・・
そしてまたページをめくって行くと、
『父さんがまたお金を借りて来た。
どうやっても店を続けたいらしい。
もう限界だった・・・』
お兄ちゃん・・・
そしてまたページをめくる楓花。
『今日、奈緒子と別れた。
ちょっと気が楽になった。
これでも困らせなくて済む。』
「お兄ちゃん・・・」
私はその言葉に目がしらが熱くなって、
涙が込み上げて来た。
そしてまたページをむくる・・・
「えっ!?」
そこには・・・
ノート一面、『死にたい』の文字が書かれていた。
「なっ・・・なにこれ・・・」
楓花は驚き目を見開いて、
書かれた文字を見つめた。
「お、お兄・・・」
楓花の目から込み上げていた涙が流れ落ちる。
その文字は次のページも、その次のページも
ノート一面にぎっしりと書かれていた。
「お兄ちゃん・・・」
お兄ちゃんは辛い気持ちを、悲しい気持ちを、
怒りを、絶望を、全部このノートに
しまい込んでいたんだ!!
楓花の目から涙がドッと溢れ出した。
お兄ちゃん・・・辛かったんだね、
悔しかったんだね・・・
それなのに笑顔を見せて・・・
私はその場に崩れ落ちた。