“彼女”の姿を見えなくなるまで見続けてから、俺はその場に座り込んでさっきのQRコードで開いたアドレスを携帯に登録した。
“彼女”は、秋原智香。
アドレスにbaseballとある事から野球好きだとわかる。
おまけにd-_-bなんてのもあるし、茶目っ気たっぷりなんだともわかる。
智香さんは、俺より二つ上の27歳。
肩下10cmくらいの栗色のストレートヘアー。
身長160cmくらいかな・・。ガリガリじゃない細身。
ちょっとだけたれ目っぽいけど、クリクリっとしてて、愛らしい。
野球の応援ばかり行ってるだろうに焼けていない白い肌。
何より・・・クシャっと笑う姿が、年上には思えない可愛らしさだった。
俺は、ハァーーーと深いため息をつく。
俺・・・智香さんに・・・一目惚れしたわ・・・。
その時、純の事なんて頭の片隅にもなくて、とにかく智香さんで一杯だった。
“今日はお疲れ様でした!また試合した時はよろしく!!伊東貴司”
そうメールを作って、何度も読み直す。
もっと絵文字とか使った方がいいか・・?
でも・・初メールだしなぁ。
絵文字が嫌いな人かもしれないし・・・。
なんて、乙女チックに悩んで、結局最初の文章で送信した。
メールを送るだけでドキドキするなんて。
早く返事来いっっ!!なんて思って、暫くの間、トイレの前で携帯を開けたり閉じたり・・を繰り返した。
**********
その日の夜。
実家の自分の部屋のベッドでゴロゴロ。
未だに返信がなく、段々落ち込む俺。
実は俺の事鬱陶しいんじゃないか・・・?
もしかして、彼氏と一緒だから返信できないとか・・・?
っつうか、いいなぁ、彼氏。
智香さんと一緒に居れて。
智香さんに触れる事が出来て・・・羨ましい。
そんな事を思っていると、「ピロロロロロ」とサイドテーブルの上の携帯が鳴った。
多分、コンマ何秒の世界・・位の速さで飛び起きて、携帯を確認する。
「...は?!?!ふざけんなって...マジで...」
思わず口から出てしまう。
メールの相手は純で、“今からかえりまぁす!今日忙しくてメール出来なかった!!ごめんね!大好きたかちゃん!”と。
俺は返信する事もなく、「待ってるのはお前じゃねぇーーし...」そう呟いて、携帯をそのままラグの上に投げた。
一瞬。純の顔が頭をよぎる。
「......返信だけしとくか...」
“お疲れさん!俺は疲れたから寝る!おやすみ~”
するとすぐに返信有り。
“え?!もう寝るの?!早くない?!ちょっとだけ電話したいんだけど!!”
・・女のこういう所がウザイ。電話なんて何が楽しいんだよ・・・
“わりぃ、マジで疲れてるから”
・・・疲れてるなんて嘘だけど・・・
そう返信して、またすぐに携帯が鳴った。
「あぁぁぁ!!もーー!!うるせぇぇぇ!」
携帯を乱暴に開いてメールを確認。
画面に“秋原智香さん”と出て、また一気に身体中から鼓動を感じた。
“こんばんは!メールの返信遅くなってごめんね!今日はお疲れ様でした~”
メールが来たっっ!!
俺はドキドキしながら凄いスピードで文章を作る。
“こちらこそ!また試合したいですねぇ”と返信。
なんで返信が遅くなったのか気になる所だけど、そんな事は聞けず。
嬉しい事にそれから暫く俺と智香さんのメール会話は続いた。
野球の話、好きな野球選手の話、住んでるところの話、卒業した学校の話、彼氏の話・・・一応俺にも彼女がいるって話も。
智香さんは俺の家から車で20分くらいの所で一人暮らしをしていた。
好きな食べ物はカツ丼で、好きな飲み物はコーヒー。
嫌いな食べ物は生もので、智香さんにとって寿司とか有り得ないらしい。
“じゃぁ、今度、カツ丼食いに行こうよ!”
“マジ?!めちゃ食べちゃうよ?”
“いいよいいよ!ってか、ホント行こうよ”
“あ...でも、彼女に悪いし”
“大丈夫だよ!!飯くらい平気だし!智香さんの方こそ、彼氏に悪いか...”
“うちも平気だよ~そういうのうるさくないから”
“じゃぁ、決まり!!いつにする?!?!”
そんなやり取りを出会った初日にして、来週の水曜日に智香さんと食事に行く事になった。
“おやすみ”でメールを締めくくり、俺は智香さんとのメールのやり取りを読み返す。
あぁ・・文章だけでもマジで可愛い。
ホントに俺、智香さんが好きになりそ。
見た目も、野球好きな所も、面白い所も・・・
全部俺のタイプだし。
逢いてぇ・・・・
早く逢いてぇ・・・
**********
次の日。
朝起きて携帯を開く。
“おはよう!今日も試合かな?あたしは今からグランドに向かいま~す”
まさか智香さんからメールが来てるなんて思いもしなかったから、テンションが上がる。
早く水曜日にならないかな。
間近で智香さんと話がしたい。
その日、試合もなく一日中練習だった俺はずっと智香さんの事を考えていた。
**********
今日は日曜だから実家ではなく自宅に帰る。
・・・今日も純が来るのか。
智香さんとメールしたいんだけどなぁ。
そして夜10時にいつものように純が家に来た。
「二日ぶりぃ!たかちゃん!!逢えなくて淋しくなかった??」
俺の顔を見るなり抱きつく純。
「...純、わりぃ、寝てい?俺かなり疲れてるんだけど...」
抱きつく純の腕を持って、軽く引き離す。
だけど純は、「ヤダ...」とまたギュっと抱きついてくる。
付き合い始めはこういうのが可愛い・・なんて思った。
「...寝たいんだけど...」
「...ヤダ。ねぇ...たかちゃん...チュウしたい」
・・・正直、断りたい。
でも、今断ったら、きっと「なんで?なんで?」となるに違いない。
だから、仕方なく・・・チュっと純の頬に触れるだけのキスをした。
一瞬、純は“なんで口じゃないの?”って顔をしたけど、
「..俺、今口内炎あるから..」の一言で納得していた。
そりゃ、男だし。
性欲はある。
でも。
智香さんに会う前に、他の女・・・例え純にでもそういうことはしていたくなかった。
**********
火曜日夜。
仕事から帰り、自宅でコンビに弁当を食らう。
一人暮らしの男って、こういう時切ない・・・
料理が出来たら・・・なんて思うけど、自分一人のために作るのもきっと面倒だろう。
・・だったら。
嫁さんでもいたら・・・
・・智香さんと結婚・・とか、毎日楽しいだろうなぁ。
智香さん何してるんかなぁ。
・・そこは純じゃないんだ?なんて自分でつっこんでみたりして。
コンビに弁当を電子レンジで温めている間にそんなやり取りを一人でしていたら、
「ピロロロロロ」とメールを知らせる音。
・・もしかしたら智香さんかも!!
急いで携帯を開く。
俺の想いが通じたのか、メールの相手は智香さん。
“お疲れ様~明日、19時で平田駅で大丈夫??”
“お疲れっす!うん、それで大丈夫だよ。迎えに来てもらってなんか悪いね”
“いいよ~気にしないで~”
智香さんは車通勤しているらしく、駅で俺を拾ってくれることになっていた。
本当なら、初デートだし・・・男の俺が迎えに行くのがいいんだろうけど、
電車通勤の俺が仕事終わって、車取りに帰宅して・・となるとかなり時間がかかる。
少しでも早く逢いたいから・・・
ここは甘えておこう。
・・・マジ・・・ヤバイ。
明日が楽しみ過ぎる。
遠足前日の小学生かってくらい。
メール会話が途絶えて少し経った頃、“明日、楽しみにしてるよ!”っていうメールが俺をまた智香さんに夢中にさせた。
**********
そして当日。
「んじゃぁ、行ってくるわ!あ、今日、俺会社の先輩と飯食ってくるから遅くなるかも」
「うん、わかったぁ!飲むの?」
「飲みはしないと思う...」
「りょ~かい!...あ...たかちゃん...」
「..あ?何?急ぐけど..?」
「う...浮気...しないでよっ?!?!」
「う、うわ?!浮気?!...はぁ?!?!」
「...ほらぁ、先輩って、風俗とか好きじゃん??だから...」
「風俗なんて行かねぇーよ...じゃぁ行ってきます」
「うん!いってらっしゃい!たかちゃん、大好きだからね!!」
玄関のドアを閉めて、思わず苦笑い。
女って、どうしてこうも勘がいいんだか。
俺、顔引きつってなかったかな・・・
っつうか、智香さんと逢うのは浮気になるのか??
ただ単に・・食事に行くだけ・・だし。
ちょっとだけ・・純に後ろめたい気もしないでもない。
まぁ・・・いっか。
・・・一日全く仕事が手につかず。
俺、営業でよかった・・・とつくづく思う。
頭の中が智香さんでいっぱい過ぎて、仕事にならない。
営業車でただただドライブ。
隣に智香さんがいたら・・仕事も楽しいだろうなぁ。・・逆に仕事にならないか。
**********
「お疲れっす!」
「お、おぉぉ?伊東、今日早いな?!」
「はい!ちょっと、大事な用事があるんで♪」
18時に仕事が終わり、いつもなら風俗好きの先輩と「先輩、今日行っちゃいます??先輩の奢りなら俺お供しますよ?」「アホかっ!!そんな金ねぇよ!!」とかのやり取りするんだけど。
ごめん先輩、今日はとにかく早く帰らせて。
先輩がニヤニヤしてるのを尻目に会社を出る。
“お疲れさん!今会社出たよ!!”と帰るコールを智香さんにして、早歩きで歩く。
“了解!駅の横のコンビにの駐車場にいるよ”
智香さんが待ってる・・・
智香さんに逢える・・・
そう思った瞬間、俺は駅に向かってダッシュしていた。
待ち合わせのコンビニに着くちょっと手前のコンビニに立ち寄って、トイレに入る。
ダッシュしたから汗臭くないか・・・髪型おかしくないか・・・顔は脂ぎってないか・・・
コンパ前の女子みたいにチェックする。
何も買わないのも悪いから、ドリンク売り場の前で物色。
智香さん、コーヒー好きって言ってたし・・・
でも、甘め?微糖?ブラック?
うーーーーんと悩んだ挙句に一か八かの微糖を手に取った。
俺は甘めのカフェオレ。
レジで会計を済ませて、今度は汗をかかないようにゆっくりと待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせのコンビニの駐車場には数台の車が停まっている。
どれが智香さんの車・・・かと探していると、店内からブンブン手を振る姿が目に入った。
「・・智香さん!」
思わず声に出して呼んだ。
数日振りに逢う智香さんに俺はドキドキしっぱなし。
智香さんは、雑誌を立ち読みしていたのか手にしていた雑誌を置いて、店の外に出てきた。
「ひさしぶり!!」
可愛いらしいクシャっとした笑顔で俺の前に・・・
・・目の前に智香さんが・・・いる・・
この間みたいにデニムにTシャツではなくて、ハイウエストのプリーツスカートに胸元にちょこっとフリルの付いたシャツ。
おまけにクルッとゆるく巻いた髪をカチューシャで留めて・・・
マジ、タイプなんすけど?!?!
俺の理想の女の子って・・・まさしく智香さんじゃん?!?!
何これ・・・美人局の詐欺とかに捕まっちゃう感じ??
だって、そうでしょ??
ホントに俺の理想の女性像が目の前にいるんだから。
出来すぎでしょ?!?!
「...おーーい!!伊東君??」
智香さんの声でハッと我に返る。
「どしたの?疲れてる??」
「...いえ。あまりに智香さんが可愛いから...見惚れちゃって」
「うわっ!!もぉ!!そういうの女の子が喜ぶって知ってて言うんでしょ?!慣れてるなぁ...危険危険!!」
「慣れてなんかないって!マジで...そう思ったし」
「はいはい...さて、ご飯行こうか!お腹空いちゃって気持ち悪いし・・・」
「あ!これ!待たせたお詫びっちゃぁなんだけど...」
俺は、さっき買った一か八かの微糖のコーヒーを手渡した。
「おぉ!アリガトーーー!!ってか、何で、私がこればっかり飲むって知ってたの?!言ったっけ??」
「ただの勘だよ!野球やってると洞察力も身につくからね♪んじゃ、飯行こうよ!」
俺たちは智香さんの車に乗り込んだ。