「わかんない。奏ちゃんは単純に“兄”としてしか見られないっていうのが一番だけど、キョウのことは、もしかしたらそれもあるのかもしれないね」


なるべく考えないようにしているつもりだった。


キョウが私の家族を壊したわけじゃない。

だけど、やっぱりキョウが川瀬社長の息子であるという事実は消えないわけで。



「私ね、今でも思い出すの。お母さんが出ていく時の背中。お父さんが首を吊って死んでたところ」

「忘れろよ」

「私だって忘れられるものなら忘れたいよ!」


思わず大きな声が出た。

私はぐっと唇を噛み締めながら、



「お母さん、今、再婚してるんだよ」

「知ってる」

「お母さんは過去から目を背けて、見ないようにすることで自分を保ってる。でも、私は、キョウといたらそうはできない」

「うん」

「普段は何とも思わない。だけど、不意に思い出すの。その度に、苦しくなるの。キョウも、私も、一緒にいるだけで過去に縛られ続けるの」

「悲しいね」


奏ちゃんがぽつんと残した言葉が、宙に浮かんで残る。



消えないもの。

過去も、悲しみも、ふたりでは消化できない。


それが、私が出した答え。



「だからね、私たちは、無理なんだよ」


私はもう一度、自分に言い聞かせるみたいに言った。

奏ちゃんは短くなった煙草を消した。



「憎いね、川瀬。俺も、キョウも、律だって、今も苦しめられてるんだからね」


自嘲気味な奏ちゃんの言葉が、流れるクラシック曲に溶けて、消えた。

私は顔を伏せた。