ガラッ


また教室のドアが開いた。


誰が来たのかと思い、顔を上げると、


「...あ、綾瀬...。」


「美崎ッ!?良かったー、無事で!」


綾瀬だった。


そして綾瀬の手に握られていたのは...。


鎌だった。


鎌といっても、草かり用の小さい鎌だ。


でも綾瀬が持ってるその鎌は...。


「綾瀬...。何、それ。」


「ん?これ?」


何で...。


「何で...赤いの?」


そう、綾瀬が持っている鎌は真っ赤になっていたのだ。


「...だって、私が先にこの鎌見つけたのに、皆が横取りしようとしたから、ね?」


綾瀬は笑った。


私はその笑顔にいつも癒されていたはずなのに、今の綾瀬は何だかとても怖かった。


「あやっ...。」


「皆さん、全員いますか?」


私の声を遮ったのは先生だった。


教室の空気が一気に固まる。


「...そんなに固くならないでね、気楽に行きましょうよ?1日で終わるんだし、ね?」


先生は苦笑して、教卓の上に1台のノートパソコンを置いた。


スイッチを入れ、あるファイルを開く。


それを私達に見せた。


液晶に写されていたのは、校長だった。


動画らしく、先生が再生ボタンを押す。


画面上の校長が喋りだした。


『体育館から教室までよく来ましたね。貴方達は運が良いようです。ではこれからの説明をしましょう。』


動画はそれで終わった。


先生はパソコンを閉じ、新たに1人1人に紙を配り始めた。


私の所にも紙が回ってきて、恐る恐る内容を読む。


紙には両面印刷でなにやら文字とこの学校の地図が記されていた。


「このゲームはいわゆるデスマッチです。相手が戦闘不能又は死に至るまで戦い続けます。最初はクラスのメンバーでゲームを行い、最後の3人になるまで戦います。尚、ゲームは1対1対で行います。生き残った3人は各学年のA組に集合して、更にゲームを行います。最終候補が5人になった地点で、1、2年生は3年A組の教室に移動して下さい。次の説明は3年A組の教室で行われます。」


私達は唖然とした。


まさかとは思ったが、クラスメイトで殺しあえなんて...。


「では、ゲームを開始します。トーナメント戦なので、この表を各自確認して下さい。」



先生は黒板に1枚の大判用紙を貼った。


私は恐る恐る大判用紙を覗き込んだ。


一番下の列から自分の名前を探す。


「...あった。」


私の名前は第8試合目にあった。


相手は宮代一樹。


クラスで一番背が低くて、根も弱そうな奴だった。


『こいつになら...私、勝てるかも。』


一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに振り払った。


『人を殺す事なんて...考えちゃ駄目だ!』


必死に考えを巡らせている間に第1試合目が始まった。


第1試合目は、吉村秀樹と光浦美香の戦いだった。


私達は食い入る様に2人を見つめた。


なんせ、最初の殺し合いだから。


...でも決着は意外にもあっさりと着いた。


結果は光浦の勝ち。


吉村が両腕骨折で、戦闘不能になったからだ。


皆、その結果に納得した。


それと同時にほっともした。


死人が出なかった。


もしかしたら、自分も殺したり殺されたりしなくてもいいかもしれない。


でも、光浦はその皆の希望を奪い去った。


吉村は光浦のことが好きだった。


しかし、光浦は吉村のことを酷く嫌っていた。


理由は私達には分からない。


吉村は戦うのに乗り気じゃなかった。


そりゃ、誰だって好きな相手と殺し合いは出来ない。


光浦はそれを利用した。


もちろん光香には躊躇する理由なんて無い。


だから、結果は始まる前から目に見えていた。


だから、吉村が倒れた時も皆、驚かなかった。


...だから、光浦が手に持っていた金属バットを再度、振り上げた時、皆の時間が一瞬止まった。


「え...?」


誰もがそう呟いた。


次の瞬間、私達の前には恐らく吉村だっただろう物が...。


「...ひ、秀樹ッ!!?」


友達の男子がその辺りに群がる。


周りの女子は頭を抱えて、その様子から目を逸らす。


「てめェ...ッ!!」


宮代を抱きかかえた男子が、光浦を睨む。


光浦は何てことない顔でバットを肩に担いだ。


バットから流れた血が制服の白い部分を染めていく。


「何。そういうルールでしょ?」


男子達が息を飲んだ。


その様子に、光浦は口角を上げて笑った。


「...あんたらさー。さっき体育館であった事忘れた訳じゃないでしょ?今ここで、あたしらが生きてくには、必要な犠牲なのよ」


教室中に嫌な沈黙が流れる。


「...勝者、光浦美香。」


先生がそう言って、黒板のトーナメント表から吉村の名前を黒いペンで塗り潰した。


それからは血生臭い殺しあいの連続だった。


そりゃあ誰だって死にたくないし、殺されたくない。


皆、必死なのだ。


私にはその様子を黙ってみる事しか出来なかった。


「...ね、美崎」


すっかり鎮まりかえった教室に綾瀬のはっきりとした声が響く。


「美崎さー。生き残れる自信ある?」


クラスメイトの背筋が凍りついたのが分かった。


生き残れる自信。


つまりは...殺せる自信。


「...」


私は何も言えなかった。


綾瀬は尚も続ける。


「だって美崎の相手...あいつじゃん?皆に比べたら楽なもんだよね~?いいなー」


私の相手である宮代がハッとこちらを振り向く。


「ね?美崎?」


綾瀬が再度、聞いてくる。


クラス中の視線が私に注がれる。


私は、乾ききって重たくなった唇をゆっくりと開く。


「ウチは...」


「ウチは、宮代と戦う。それはもちろん分かってる」


「じゃ、自信があるってこと?」


綾瀬が首を傾げる。


一呼吸おいて、私は言葉を繋げる。


「いや...それは違う、かな」


「...?」


綾瀬も宮代も他のクラスメイトも私の次の言葉を待っている。


「ウチは戦うよ。もちろん全力で。でもそれは相手が誰でも同じことだと...思う」


語尾が小さくなってしまったが、静か過ぎるこの教室では嫌な程に響いた。


「...そっか」


綾瀬は呟いて、さっと笑顔になった。


「美崎は、ここで自分の正義を見つけたんだね」


「...綾瀬は?」


「え?」


綾瀬が一瞬キョトンとした顔になる。


でも、すぐに笑顔に戻った。


「もちろん!私なりの正義、貫くから」


それはどんな正義なの?


そう聞こうとした時、先生が私と宮代を呼んだ。


...第8試合目が始まる。


「...それでは、始めます」


先生が私達を交互に見やる。


「...はい」


「は、はい」


私達が返事をしたのを確認して、先生は言った。


「第8試合目。美崎百合VS宮代一樹、始めッ!!」


私は白い傘を構えた。


野球部の宮代の武器はバットだった。


一見、私の方が不利だが、宮代はガチガチに緊張していた。


その割に、私は落ち着いていた。


さきほど自分の正義を吐ききったからだろうか。


1試合目の時ほどの恐怖はない。


「...ふー...」


宮代がびくつく。


...呼吸しただけなのに、何て怖がりようだ。


不謹慎だが、つい微笑んでしまう。


「...?」


宮代が不思議そうな目をしている。


「...宮代!!」


「は、はぃぃいいぃ!!?」


「いくぞ!!」


「は、はい...!!」