「E値を落とすってことは…」

 強い感情が、しゅぅっとしぼんでいく映像が浮かんだ。

「そう、やる気がなくなる。どうでもよくなる。いわゆる、引きこもりの精神状態ができる」

 珍しく、孝輔が立て板に水の勢いで、セリフをまくし立てた。

 引きこもり、というものに、何か恨みでもあるかのように。

 一瞬だけ、心の傷が垣間見えた気がしたが、サヤは触れないほうがいいと感じた。

 だが、疑問もある。

「でも、何故ですか? E値を落とすより、S値を落とすほうが早いでしょうに」

 元々、彼らの仕事は消去だ。

 サヤと合う合わないは別にして。

 孝輔は、ふと唇を閉じて黙り込んだ。

 その唇が、ゆっくりと開く。

「機械好きなだけなら…悪ささえしなけりゃ…別に消さなくてもいいだろ」

 ぽつり、ぽつり。

 自分のそんな気持ちに、戸惑いが含まれるのを隠せない言葉。

 あ。

 しかし、それはサヤの心にあたたかく染み渡った。

 命、とは違う領域にある人外のものに、孝輔が見せた優しさが伝わるのだ。

「そーかそーか」

 そのあたたかい感情を、サヤがゆっくりかみ締めるより先に。

 孝輔の背後に、黒い影が落ちた。

 直樹が仁王立ちになりながら、手袋をゆっくり外す。

 その手袋は、まだうごめいていた。

「アニ…!」

 嫌な予感を感じてか、振り返ろうとした孝輔の首ねっこが掴まれる。

「そんなに好きなら、仲良くするがいい」

 シャツの襟を後ろにぐいっと引っ張り、直樹は弟の背中に手袋を投げ入れたのだ。

「……!!」

 目を白黒させ、孝輔は声にならない悲鳴をあげる。

 彼の背中で、手袋がぐにぐに動いているのだ。

「私をハメた罰は、こんなもんじゃすまんぞ!」

 ハッハッハッハ。

 直樹は――相当、ネに持っているのだ。