あっ。

 サヤは心臓を跳ね上げながら、直樹の方を振り返ると――彼は、自分の左手をじっと見ていた。

 左の手のひら辺りだけが、勝手に波打つように動いている。

「捕獲完了」

 パチン。

 孝輔は、自分の持つ端末を閉じた。

 仕事終わり、という合図だ。

「え? え?」

 サヤは、まったく分からない。

 囮から手袋に飛び移ったグレムリンが、どうして大人しくあの中にとどまっているのか。

 しかも、自分の端末を抱えたまま、彼は兄の方へ向かって歩くのだ。

「をい」

 ぐにゃぐにゃ動く手袋の手を、直樹は弟の方へと突き出した。

「その手袋が電化製品だってことを、忘れてたのは自分だろ」

 兄弟喧嘩が勃発しそうな二人の元へ、サヤもあわてて近づく。

 その孝輔の唇が。

「それに」

 小さく小さくひそめた声を放った。

 近づいていなければ、きっと聞こえなかっただろう。

「それに…いいのか、依頼主に捕獲したって報告してこなくて」

 小さく小さく。

 兄の立場を引き立てる言葉。

 直後。

 直樹の胸は、ぐんと反り返った。

 もにょもにょと動く手袋をしたまま、ゴーストバスター・ナオキの顔で依頼主の方へと歩いていくのだ。

「無事捕獲成功です、この通り」

 うごめく手袋に、どよめく関係者。

 鼻高々の、直樹。

 もはや、孝輔は後ろの騒ぎには興味がなさそうに、囮端末を片付け始めている。

「あ、あの…」

 置いてけぼりのサヤは、やはり小さな声で彼に呼びかけた。

「ん?」

 片付けの手が止まる。

「あの…さっきのは…一体」

 手袋から出られないグレムリンの、からくりが分からないのだ。

 ああ、と。

 思い出したように、孝輔はにやっとする。、

「あのバカが、手袋を突き出すパフォーマンスをするのは分かってたから」

 斜め後ろの直樹を見やるような仕草をみせた後。

「手袋に、トラップ仕込んだ。S値が離れそうになったら、自動でE値を思い切り落としてやるってヤツ」

 E値。

 サヤが初めて参加した仕事で、発見された感情の強さの値だ。