あの野郎。

 孝輔は、怒りに奥歯を噛み合わせる。

 唐突に、古傷をえぐられるハメになるとは思わなかった。

 3年ほど前、孝輔は一度ヒキコモリを体験していたのである。

 女にフラレた──2年付き合った女だった。

 原因は、彼の仕事を理解できなかったため。

 ゴーンゴーンゴーン。

 ショックの余り、何度も寺の鐘が頭の中に響き渡ったのを覚えている。

 だが、フラレた痛みも時間がたつにつれ癒え、そのあと数人と付き合い、別れるを繰り返した。

 もう、同じことが起きてもヒキコモリにはならない──多分、フラレ耐性がついたのだろう。

 今となっては、ただの暗い過去だ。

 だが、それをサヤに知られることの方が、あの瞬間はいやだった。

 自分の人生で、一番カッコ悪い時代なのだから。

 そんな古傷よりも。

 いまは、ヒキコモリアイアイである『グレムリン』をどうにかしなければならない。

 サヤがいった、グレムリンの気持ちが分かるというのは、まったく悪意のないものなのだろう。

 ただ、孝輔が機械好きというところで、共通点を見出しただけなのだ。

 オレがグレムリンなら、か。

 孝輔は、手の中でボールペンを回した。

 どうやら──苦手な国語の時間が始まったようだ。