「わーわーわー!!!」

 突然大きな声を張り上げて、孝輔が兄の言葉をかき消そうとする。

 その剣幕に、サヤは驚いて固まってしまった。

 ミユキ? エリコ?

 どう聞いても女性の名前だ。

「それ以上しゃべったら……色男にしてやるぞ」

 直樹の胸倉をつかみ上げ、鬼気迫る雰囲気で脅す弟。

「いやー…もう時効だろう」

 しかし、兄の方はまったく動じていない。

 孝輔の顔に、暗い影が差す。

「アニキだって、エミさんの時は…」

 ぼそり。

 地の底から響き渡るような、低い声で呟かれる名前。

 一瞬、孝輔の声とは分からなかった。

「あー…いい思い出だな」

 目をそらし、直樹は遠い目をする。

 どうやら、お互いの触れてはいけない過去を、つつきあっているようだ。

 しかも、どちらも女性関係で、悪い結果に終わってしまったのだろう。

 きっとこの兄弟は、女性受けはいいに違いない。

「……」

 あれ?

 いまサヤは──何に引っかかったのだろうか。