「水着になる場所っていうのは、ああいう人が多くて危険なんですよ。スタジオで一枚撮りたいので一緒に来てくださいなんて言われて着いていけば、そこにいた男たちに強姦されそれを撮影されてオシマイなんです」
意外に騙されてついていく女の子が多いんですよ。
榊さんがそっと小さな声で言った。
「ああいうのが、りおを狙ってくるからな。心配なんだ」
「…奏さん」
奏さんが仁さんが連れていく男を睨んでる。
小さくなる姿を苦々しげに見てる。
奏さんが助けてくれたんだ。
わたしが悪戯に写真撮られるのを阻止してくれた。
「ああいうのには引っ掛からないようにな」
奏さんは偽物カメラマンの姿がなくなると、育子にもそう声をかけた。
「わたしも気をつけます」
育子が奏さんと榊さんに笑顔で答えた。
「…奏さん、あ、ありがとう」
「………」
背中を向けたその横顔は明らかに怒ってる。
「…奏さん、ごめんなさい。ありがとう」
テーブルに向かって歩いていく奏さんの背中にお礼を言った。
「…だから、ひとりにさせとくのは不安なんだ」
「え?」
「…誰かがいつもおまえを見てる」
「なに?」
「いや、何でもない。
変なヤツがいたなって思ったらすぐに逃げてこい。いいな」
奏さんが濡れた髪を撫でてくれた。
もう怒っていた表情は消えていた。
「ありがとう奏さん」
「若、りおさんは若の気持ちにまるで気づいていませんね」
「そうらしいな」
「このままでいいんですか?このままいくと、樹っていう同級生に盗られますよ」
「………」
「怖いんですね」
「………」
バシャッ!
「冷たいでしょ?」
水鉄砲で深刻そうな話をしていたふたりに水をかけた。
「奏さん、榊さん、一緒に遊ぼう!」
せっかくみんなでプールに来たんだもの。
楽しく遊びたい。
「奏さん早く!榊さんもほら!」
ふたりの腕を引いて一緒に水に飛び込む。
今日はありがとう。
もう大丈夫だよ。
わたしにはみんながいる。
―――ありがとう
ふたりの夏【完】
丸眼鏡さんが持っていた手帳に挟んであった写真。
現在より少しだけ若い奏さんと、西中学の制服を着た少女のツーショット。
仏頂面の奏さんとは違い、満面の笑みで奏さんの側に立っていた。
「丸眼鏡さんの娘が生きてたらどうしてたかな…」
「あ?」
キッチンに立ってカレーを作っていた時に突然丸眼鏡さんの写真を思い出した。
奏さんはわたしの考えてることなんて知るはずもない。
「丸眼鏡さんの娘さんを写真で見たけど可愛かったよね」
「あ?…まあな」
「奏さんの隣にいつもいたの?」
「いつもじゃないが、…気付くと居たかもしれねえな」
ソファーで背筋を伸ばしてそれがなんだ?っていう顔をして振り返った。
「生きてたら彼女はいくつなのかな?」
「…17歳。高校二年、だったかな」
奏さんが話す横顔には一瞬だけ翳りが見えた。
「あの写真に『大好きな奏さんと』って書いてあったね」
「………」
奏さんは丸眼鏡さんの娘の話には触れたくないように見えた。
だけど気になるの。
知りたいと思う反面知りたくない気持ちもあるの。
「出会いは山田児童公園だったな」
「え?」
「知りたそうだから教えてやる」
乗り気ではないような素振りに聞いていいものかと悩む。
どうしようかと思ってるうちに奏さんがソファーから立ち上がってキッチンの中に入ってきた。
「俺は女に不自由したことはなかったし、どうでも良かった」
「………」
「聞きたくないなら耳を塞いでもいいぞ」
「………聞く」
「彼女は丸眼鏡の娘、向こうの若頭の嫁候補だった」
重く吐き出したことばは、龍神会に乗り込んだ時にみた奏さんと似てる男が重なった。
「あのひとの?嫁候補?」
「時々、公園の中で見かけた少女が話しかけてくるのをウザイってずっと思ってたな。
だけど俺を怖がらない女がいるのも正直嬉しかった。他愛のない話をしてくれる時間はあっという間に過ぎていった」
瞳を反らさずにわたしの前に立ち、壁に追い詰めて腕を両手で縫い止める。
「りお、嫉妬してんのか?」
「ちがっ」
「じゃ、なんでいきなりそんなこと聞きたがる?」
首筋に寄せられるくちびる。
「嫉妬してんだろ?」
「嫉妬?」
違うよ。
わたしはただ、その少女が生きていたら奏さんの側にいたのはわたしじゃなくて…
あ。それを嫉妬って。
言うのかな?
奏さんの瞳がゆっくりと近づく。
「俺にはおまえしか見えない」
「………」
「―――俺にはりおしかいない」
黒曜石の瞳が目の前でゆっくり閉じられた。
重なるくちびるが、
重なった吐息が徐々に深みを増す。
立っていられなくて手首を縫い止められたままズルズルと下がる。
「おっと」
力の抜けたわたしを奏さんは軽々と抱え直した。
「……カレーより、りおが食いたい」
「え?」
返事ができないでいると。
「…おまえが嫉妬してくれたのが嬉しい」
ひょいとお姫様抱っこしてキッチンを出た。
奏さんが突き進むのはふたりの寝室だ。
「ダメ…」
「可愛いこと言ったおまえが悪い」
ベッドに下ろすと器用にスルスルとわたしの服を脱がせていく。
「ダメ、だよ。…ご飯が」
「後でいい」
「…でも」
「黙れ」
熱いキスをされて同時に奏さんの指にも反応してしまう。
「んっ、」
「まだだ、りお」
「だ、め」
息ができない。
心臓が大きく音を立てる。
初めは奏さんについていけなかった体が今では気持ちについていける。
「やあっ、ダメ、奏さん!」
「もっと啼け!」
体の奥深くに奏さんがいて存在感が増す―――。
「んっ、やあっ」
「―――大丈夫か、りお?」
「え?」
「つい、いじめ過ぎたな」
視界がまだぼやけてる。
その霞んだ中で顔を赤くしたのは奏さんだった。
え?
奏さんの視線の先はわたしの首の辺り。
いったい何が…
「悪りぃな、痕をつけすぎた」
「…つけすぎ?」
奏さんの瞳がなぞる部分を指で辿る。