『若恋』短編集1【完】





感謝してもしきれない。

あの抗争事件に巻き込まれて怪我をしてからずっと奏さんにお世話になっている。



「奏さん…」


震える体をそっと抱き締める。



「ホタル…花火みたいだね」

ピクリ


「奏さんの周りに、ほら」


「ああ」


「きれい。」



点滅を繰り返す小さな光。

ホタルの恋の光。






―――花火みたい











「りお、俺はな」


「え?」


「おまえが…」


奏さんが何かをいいかけて、

「…いや、なんでもない」

開いた口を閉ざした。

そして大きく息を吸う。



「ホタルきれいだな」

「うん」

「よかったな」

「うん」



奏さんの体が離れて、ホタルの群れに手を伸ばす。


「線香花火みたいだな」

「うん、きれいだね」


わたしも手を伸ばす。

ホタルが光を点滅させる。





「奏さん…ありがとう。わたし、この風景忘れないよ」

「ああ、」

「忘れないよ」






小さな光。

奏さんと見た群れ飛ぶホタル。



きれいで。きれいで。

淡い発光色。

体を包み込むように群れ飛ぶホタル。







「忘れないよ」



―――忘れないよ


奏さんと見たホタル、



―――忘れないよ。











ふたりの花火【完】







高校二年夏休み。



「あぁ?プールに行くってか?」


口に挟んでたタバコをポロリと落としたのは奏さん。


「ふざけんな。なんかあったらどうすんだ」


眉を寄せてあからさまに不愉快な表情になった。

今までの機嫌の良さはどこへ行ったやら。



いつもならそこで引き下がるわたしも今日は負けない!
負けるわけにはいかない。


「せっかく、育子や樹たちが誘ってくれたんだもの行きたい!」

負けるもんか。

数少ない友達がせっかく誘ってくれてるんだし行きたい!



「…ケガだって完治してないだろ」

目を反らしわざとらしく開いた新聞に目を落とす。


「成田先生は転ばなければプールに入ってもいいって言ってたもん」

奏さんに詰め寄り下から覗き込むようにしてお願いすると、一瞬だけ目を上げた。

「成田が?」

「だから絶対行くもん」






「ちっ、成田め、余計なことばっか言いやがって」

苦虫を噛み潰したような表情になり、後はわたしが、「絶対行く!」って、頑張るものだから奏さんは黙って無視を決め込んでしまった。



「わたし、今から水着買ってくるから」

「………」

「じゃあ、行ってくるね」

「………」



目もあげなかった奏さんが大きくため息をついた。



「ひとりで出歩くのは危ねえだろ。俺が運転してく」



立ち上がった奏さんに、わかってもらえたって嬉しくなる。


「ありがとう奏さん」

「…仕方ねえからな」

「転ばないように気をつけるから」

「あたりまえだ」



そっけなくしてるけど、奏さんはわたしに甘い。
ダメだ!って言っても、最終的にはわたしの話を聞いてくれる。

買い物行くにも護衛してくれる。






「榊、今暇か?」


一階に下りてテラスを覗くと静かに本を読んでいる榊さんの姿があった。


「まあ、暇と言えば暇ですね」

「買い物行くんだが、ついてこれるか?」


榊さんは奏さんの後ろにいるわたしを見てにっこり笑ってくれた。


「若とりおさんが行くところならどこへだって行きますよ」

本にしおりを挟み立ち上がる。


「何を買いに行くんですか?」

「えっとね、水着なの」

「…水着、ですか?」


目を丸くして榊さんがわたしを見た。

「え?どうかしたの?」

何をそんなに驚いているのかよくわからない。

首を傾げると榊さんは奏さんに視線を移した。



「若、水着ですか?海にでも行くんですか?」

「違うよ、プールに誘われたの」

榊さんは奏さんに話しかけたのに思わず答えてしまった。

「…プール…ですか」






「新しく出来た健康ランドに誘われたの。ウォータースライダーがあって楽しいんだって」

「………」

「それはよかったですね」

「うん」


奏さんは聞こえない振り。
榊さんは楽しそうですねって笑ってくれた。


奏さんと榊さんが連れて行ってくれた店っていつも高級で気軽に選べない。



「りおに露出が少ない水着を」

「えーっ、わたしビキニタイプにしようと思ってたのに」


いつもはわたしの好みの服を選ばせてくれるのに、今日は抗議しても素知らぬ振り。


「若、大人気ないですよ」


榊さんも奏さんの態度には苦笑した。


「ピンクの水着にしようかな」

「よせ。目立たない色にしろ」

「やだ。ピンクがかわいいよ」

「これにしろよ」


奏さんが初めて選んでくれたのは黒の生地に白の水玉のセパレートタイプのシンプルなもの。


「やだ!ピンクがいい!」







「奏さんが選んだのは地味!」


プールに行くんだよ?

スタイル抜群の育子と差がありすぎたら惨めだよ。

ちょっとくらい可愛くしなきゃ。



「りおさんは十分に可愛いですよ。とにかく、これはと思うものを着てみましょう。それで一番似合うのを選びましょう」

「………」



奏さんは面白くなさそうに横を向いたけど、わたしはウキウキで水着探しを始めた。



ピンクチェックのワンピースタイプと、グリーンの椰子の絵柄のワンピースと、オレンジチェックのビキニの3つを選んでみた。



「試着をどうぞ」

「はーい」



オレンジチェックのビキニを着て奏さんと榊さんの前に立つと奏さんが顔を紅くした。



「これ着るのか?」

「可愛いですけど、あまり派手かもしれませんね」

「そう?じゃ、グリーン着てみるね」







グリーンを着てみたら二人とも無言で首を傾げた。


「ピンクチェック着てみるね」



鏡で見てみたらポニーテールにも良く似合うみたいでこれかな!って思った。



「ジャーン!どう?」


「いいんじゃねぇの」

「露出もそれほどじゃないし色も似合いますね」


奏さんが榊さんの言葉に頷いてる。


「これください!」



ルンルンで買い物した水着を抱えてニコニコしてたら、奏さんがいつプールに行くんだよ?って、聞いてきた。


「土曜日なの」

「…ふーん。そうか」



奏さんは何かを考えているようで車に乗っても浮かない顔をしてた。




そして土曜日。



「俺も榊や仁たちと行くからな」

「え?」

「行くからな」

「え?うん」



思わず返事をしてしまった。

樹に電話をしたら、「いいじゃんか」って。

育子に電話したら何故か喜んでいた。



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