「幾多様」

墓参りを終え、墓地から出てきた幾多に、女は頭を下げた。

「願わくは、彼女や俺の妹のような犠牲者を出したくはない。しかし、世界は広い」

幾多は、高台になっている墓地から繁華街を見つめ、

「仲間がいるかな?それとも、俺の目的に同調する者を呼び覚まし、自発的に行動を起こさすべきか」

考え込んでしまった自分に、にやりと笑った。

「やはり、人生は選択ばかりだな」

そう言うと、坂を下り出した。

「ただ…無知にはならないよ。やはり、知らせていこう。どれ程、美しくないかをね」

幾多の目に、迷いはない。

「かつて、ジャズの帝王と言われたマイルスディビスは、知識を得ることは自由と言い、学べる場所があるのに学ばない仲間に、なぜだと問いかけた。なぜ、進んで奴隷に戻ると!その発言の背景には、アメリカでの黒人の歴史がある。しかし、日本人だって知るべきだ」

「…」

女は、幾多の横を歩く。

「真実を!教科書でさえ、歪んでいるのに、テレビの報道さえも!自由を破棄してきた為に、日本人はある種の無知という奴隷になっている。近隣諸国が主張することの真実。本当の歴史」

幾多は、境内を出た。

「知るべきだ。いや…選択権はまだ、個人にある」

そして、空を見上げた。

町が明るい為に、星がほとんど見えなかった。

「美しい人々が、暮らせる国になるのだろうか」

幾多は、星に手を伸ばし、

「せめて、少しでも星が輝ける内に、そうなってほしいな」

フッと笑った。

「幾多様」

女の携帯が鳴った。どうやら、メールが来たようだ。

犯罪者である幾多は、携帯を持っていなかった。

メールの内容を確認すると、幾多はにやりと笑った。

「いこうか」

そして、再び繁華街に向かって歩き出した。




今の生活、知識を得れる自由。

それが、いつまで続くだろうか。

その保証はない。

なぜならば、君達が自ら勝ち取ったものではないからだ。

なくなったとしても、文句が言えようか。

君達は選択しなかったのだ。

未来を掴む為に、今こそ選ぼう。

しかし、選ばないことも自由だ。

その自由の先に、自由があるかは知らないが…。