「…とっとと言え」

 後方のシュウの視線を感じないフリをしながら、事務的な声を出す。

 秘書からだと思わせたかったのだ。

『はい…では…今日のお帰りは何時でしょうか?』

 ハルコは、そう言った。

 カイトは一瞬止まった。

 な…。

 何だと…?

 カイトは、少しずつ時を取り戻しつつあったが、いま聞いた言葉の方が信じられなかった。

 ハルコは、彼の帰宅時間を聞いているのである。


「この忙しー時に、くだんねーこと聞いてくんじゃねぇ!!!!!」


 一瞬で煮立ったカイトは、ここが他社の応接室であることを忘れて怒鳴った。

 その時、実はこの部屋にお茶を取り替えにこようとした女子社員がいたのだが、ドアの向こうのすごい剣幕を聞いて逃げ出してしまっている――勿論、彼らは知らないけれども。

 もとい。

 どんな急用かと思ったのだ。

 彼のケイタイにまで、かけてくるのだから。

 なのに、帰りの時間だと?

 バカらしいことこの上ない。

 そんな電話のために、いま自分がらしくない状態につき落とされたかと思うと、腹立たしい限りだった。

『くだらなくなんかありません…大事なことですわ』

 なのに、向こうは怒鳴られたことを、ちっとも苦にしている様子もない。

 それどころか、真剣な声を出してきたのだ。

 昔から、彼女はそうだった。

 どんなに怒鳴られようが、まったくこたえないのだ。

 それどころか、ハルコのこんな真剣な声を聞いたのは久しぶりである。

 彼は、眉を顰めた。