「とっとと書け!」

 カイトはソファに座るや、相手に口出しされる前に、もう一度紙を突き出して怒鳴った。

「なぁに?」

 ハルコが用紙を覗き込む――そして、動きを止めた。

「だそうだ…」

 ニヤついた声を止められないらしい。

 そんな声で、ソウマは隣に座るハルコに話を振るのだ。

「まぁ!」

 キラキラ。

 一瞬、本当にそういうオーラがあったかと思った。

 ハルコは、ぱっと表情を明るくして、キラキラした目でカイトを見たのだ。

 それから、隣のメイを。

 人選を。

 間違ったかもしれない。

 カイトは、冷たい汗を背中いっぱいにかいた。

「おめでとう…メイ」

 そのキラキラの瞳で、メイを見つめる。

「あ…その…えっと…」

 彼女は、戸惑ったままの声をあげた。

 どう答えを返したらいいか、分からないという反応だ。

「やれやれ、お前が短気なのは知ってはいたが…ここまでとはな」

 しかし、カイトにはカイトの敵がいた。

 ソウマは何度も婚姻届を眺めては、カイトの顔に視線を戻すのである。

 そして、ちっとも笑顔を隠す気などない。

「ああ、ごめんなさい…お茶をいれるわね」

 ハルコが立ち上がると、一緒にメイも立ち上がった。

「お手伝いします」、と。

「茶なんかいらねー! それより先に、これを書け!」

 カイトは、逃げてしまおうとした妊婦を引き止めた。

 その身体が振り返ると、にーっこり微笑んだ。

「お茶を飲まないと…書いてあげないわ」

「はっはっは、そうだな…どうせなら、昼メシでも食ってくか? 今日はオレがパスタをゆでるぞ」

 お気楽な笑顔だが、彼にはどう見ても悪魔の笑顔にしか見えなかった。

 その悪魔パレスに、入り込んでしまったのである。

 絶対――人選を誤った。

 カイトは、あともう少しでもからかわれたら、絶対に彼らには頼まない。

 そんな風な決意さえしてしまったのだった。