野菜のコーナーに行ったら、白菜があった。

 白菜。

 その前で足を止める。

 また思い出してしまった。

 どうしてスーパーにまで、こんなにカイトの記憶が落ちているのだろうか。

 あの交番にも。

 駅までの道のりにも。

 お米にも。

 あの生活を失った記憶が、どこにでも残っているのだ。

 それなら、遠く離れて暮らせばよかったのである。

 駅から電車に乗って、違う街に行けばよかったのだ。

 そうすれば、こんなにまで記憶に捕まることなどないのに。

 でも―― この街にいたかったのだ。

 彼と同じ空気を吸っていたかった。

 もう二度と会えないにしても、あの家に彼が住んでいるのだと、離れていても感じていたかったのだ。

 まだ、好きが全然消えていかない。

 それどころか、会えなくなったせいで、どんどんふくれあがってくる。

 たった数日だ。

 出て来てから一週間もたっていないのに、白菜一つ見ただけでもうダメなのだ。

 メイは、白菜から逃げてジャガイモを買った。

 長持ちするし、いろんな料理にも使える、と心の中で考えながら。

 そんなくだらないことでよかった。

 でなければ、どうしようもないことを、心が求め出すことが分かっていたからだ。

 彼に望まれなければ、あの家にいる意味はなかった。

 だから、出てきたのだ。