だから、余計にイライラするのだ。

 他人が来なければ、彼女の立場について自覚する必要もなかったというのに、昨日の件ではっきりと思い知らされてしまった。

 メイは、何者でもないのだと。

 それが彼女にとって、どんな不安を与えているのか想像できない。

 もしもカイトが、助けてもらった代償に閉じこめられて行動を抑制されようものなら、きっと恩を仇で返したに違いない。

 逃げちらかすことは、火を見るより明らかだ。

 逃げる―― その単語に、びくっとなってしまう。

 電動カミソリでなかったなら、きっと顎を切ってしまっただろう。

 カイトは、そのスイッチを切った。

 そんなハズはねぇ。

 しかし、それは何の裏付けもない思いこみだった。

 彼女が笑顔を浮かべているからと言って、すべての答えではないのだ。

 心の中では、思い悩んでいるかもしれない。

 メイの性格は、どうにも義理堅いもののようで。

 恩義のある相手を置いて逃げるかというと、そうではないような気がする。

 けれども、カイトはその上にあぐらをかいていたくないのだ。

 恩義なんか忘れちまえ!

 そう内心で怒鳴ってみても、それは諸刃の刃だ。

 恩義がないと言うのなら、本当に逃げる可能性だってあるのだから。

 だから、カイトは黙り込んでしまうのだ。

 卑怯な手段だと気づかないフリをしながらも、彼女をこの家に置いておくために、その件についてはもう触れたくなかったのだ。

 誰も邪魔すんじゃねぇ。

 それが、心の底からの願いだった。