「いらねぇ」

 もう一度、突きつけるようにそれを言った。

「そう…ですか」

 朝食の用意もダメ。

 ということは、彼の手首の時計を確認するどころか、ネクタイを締めるという儀式すらダメだと言われているような気がした。

 寂しくなりながらも、これ以上強く要求することも出来ずに立ちつくした。

 カイトは、そのまま部屋に戻ろうとした。

 彼は、調理場に時計を忘れたことを思い出して、取りに行こうとしていたのだろうか。

「明日は…」

 カイトは部屋に入ったけれども、まだドアは閉ざされていない。

 その隙間の向こうから声が聞こえる。

 メイは、はっと顔を上げた。

 しかし見えたのは、ドアを閉めようとする腕だけ。

「明日は…9時より早くは起きるな」

 バタン。

 捨てゼリフを残して、ドアは閉ざされた。

 え?

 メイは、ドアをじっと眺めてしまった。

 9時より早くは?

 それより早く起きたら、ダメなの? 何故?

 その答えは、考え込みながら自分の部屋のドアの前に来たところで出た。

 あっ。

 翻訳完了。

 頭の中のメッセージが告げる。

 こんなに遅くに起きているメイの睡眠時間のことを―― 多分だけれども、それを心配してくれたのだ。

 明日の朝、朝食の準備をするために早起きをするのは大変だろうから、9時より早くは起きるなと。そう言ってくれたのだ。

 あぁぁぁぁぁ。

 ぽーっと身体が熱くなる。

 こんな優しくて、ヒドイ話はなかった。