「あの…時計…」

 慌てて近づいて、彼にそれを差し出す。

 はめて欲しい―― などと彼にいま言うのは、変だ。

 けれども、その時計をしているところを見たかった。

 明日の朝、注意して腕のところを眺めようと心に誓う。

 しかし、眉が顰められた。

 時計を届けた彼女を、余り歓迎していないようである。

「おめー…」

 怒鳴りたそうな口元になったので、『何故?』と思いかけて、はっと気づいた。

 そうなのだ。

 この時計をメイが持っているということは、調理場まで行ったという証拠なのである。

 こんな真夜中に。

 何か仕事をしてきたと思われたのだ。

「あ、別に仕事なんかしてませんから…お皿はきちんと洗ってありましたし…あっっ!」

 メイは口をふさいだけれども遅かった。

 ああもう、私のバカぁ。

 時計を持ったままの手で口を押さえ、情けない眉になってしまう。

 好意でお皿を洗ってくれているのは知っているが、きっと彼はそれを言及されることを好まないだろうと分かっていた。

 にも関わらず、言ってしまったのだ。

「ご、ごめんなさい…」

 穴があったら入りたい気分で、彼女はシュンとしたまま時計を差し出した。

 とりあえず、これだけは受け取ってもらわなければならないのだ。

「…明日は、朝メシはいらねぇ」

 大きな手が時計を受け取る。

 ふーっと長いため息と共に。

「え?」

 まさか、朝食のキャンセルを申し渡されると思っていなかったメイは顎を上げた。

 顰めっ面のカイトは、時計を持ったままの手で、頭の上のタオルを取っ払った。

 濡れた焦げ茶の髪が現れる。

「早く出るから、メシはいらねぇっつってんだ」

「あ、早くって何時でしょうか? それに合わせて…」

 彼の言葉に、メイは活動時間を調整しようとした。

 それくらいは簡単である。

 しかし、カイトの顔はますます歪む。

 全然、その言葉を歓迎していなかった。