「んじゃ…行ってくっぜ」

 膝がベッドから離れて、彼は言葉通りの行動に出ようとした―― が、すぐに膝がまた戻ってきた。

 すぐ側に顎が近付く。

「忘れもんだ…」

 カイトの言葉の意味が、彼女は分からなかった。しかし、自分の顔が何かで陰ったのが分かる。

 分かったら。

「んっ…」

 唇が。
 誰かの。
 吐息と。
 重なった。

 メイは、目を見開いた。

 誰かに、いま自分の唇が奪われているのを知ったのだ。

 誰か。

 そんなの、わざわざ確認する必要などない。

 ついさっき、ネクタイを締めてあげた男だ。その男が、いま自分とキスをしているのである。

 熱い濡れた感触が唇の内側を襲って、苦しさに目を細める。

 苦しい。

 寝癖の残る後ろ髪に指が入る。
 ちょっと冷たくて、でも強い力で髪を逆撫でるように後頭部を支えられた。

「あ…」

 ようやく息をつぐ。

 少し離れた彼が―― 見える。

 カイトだ。

 間違いなく、いまそこにいるのは彼なのである。

「やっぱ…今日は遅刻するぜ」

 現状が把握出来ない彼女の近くで、カイトはそんなことを言った。