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 あ、やっぱり…。

 メイは、身が縮む思いだった。

 カイトが、ひどく驚いた顔をして彼女を見ていたからである。
 見事に動きまで固まっているのが分かった。

 やっぱり、呆れるような申し出だったのだ。

 それもそうだろう。

 最初にあれだけの借金を返済してもらった相手に、しかも、家にまで置いてもらってる相手に、更に金を貸せと言っているのだ。

 普通なら、呆れて当然である。

 ああ、でも違うの!

 メイは弁解しようとした。

 くだらないことのために使うワケではないのだ。

 それは確かに、汚れてもいい洋服というのは、余り大きな声では言えないかもしれないけれど、あとはおみそ汁の具であるとか、そういうもののために使える金額があれば。

 頭では分かっているものの、いざそれを言葉として出そうとするとうまくいかなくて、いたずらに口を開けたり閉じたりするので精一杯だった。

 うまくしゃべらないと、またカイトに怒鳴られてしまいそうな気がしたのだ。

 沈黙は長くはなかったけれども、この空気を平気な顔で味わえるほど短くもなかった。

 ついに、もう何でもいいからしゃべろうと決意して口を開けた時。

 カイトは、いきなり彼女に背中を向けた。

 ドスドスと大股でダイニングを出ていくではないか。

 あっ!

 メイは、不安のどん底にたたき落とされた。

 その背中があっという間にドアを開けて、その向こうに消えた時―― ヘナヘナと床に座り込んでしまう。

 勇気を振り絞ったのだ。

 何度も、言おうかやめようか考えて考えて、迷って、でもようやく口にしたのである。

 なのにカイトは行ってしまった。

 無言で。

 ああ、どうしよう。

 きっと呆れられてしまったんだと思ったら、目の前が真っ暗になる。

 せっかく、いままで何となく良い方向に流れてきていると感じていたのに、それがいきなりリセットされて、「はい、ふりだしから」とスタートに戻されてしまった気分だった。