「あの…少しお話が…その、すぐ終わりますから! お時間は取らせませんから!」

 それは、街頭アンケートのバイトの中で、一番下手な呼び止め方だった。

 だが、カイトには効果絶大だ。

 分かってはいたけれども、ここまではっきりと呼び止められると、彼には逃げ場がなくなった。

 まだ、お茶の話だったら逃げられたのに。

 忙しい、と。

 唇が、『いま、忙しい』と言いたがっていた。

 きっとそう言えば、彼女はいま無理に言おうとしないだろう。

 今度こそ、カイトは解放されるはずである。

 しかし、忙しいはずなんかなかった。

 忙しいなら、今頃はまだ会社の中である。

 相手はそういう事情を知るはずなどないから、それをゴリ押しできないワケではなかった。

 本当であろうが嘘だろうが、彼女がそれで手を引っ込めることは分かっていたのだ。

 聞きたくない。

 カイトは、それを聞きたくないのだ。

 しかし、心のどこかでいつもずっと恐れていて―― いつかその日が来るのだと、予感があったのは確かだった。

 失うのか、と一瞬思って失笑する。
 失うほど、自分が彼女の何を手に入れているのかと気づいたのだ。

 何一つ、メイは彼のものではなかった。その髪の先さえも。

 カイトは、葬儀に参列するような表情で席に戻った。
 いや、葬儀の方がまだよっぽど心は晴れやかな気がする。

 不謹慎な話だが。

 ガタン、ドスン。

 動きは葬儀とは無縁の乱雑さになってしまって、椅子が彼の横暴に悲鳴をあげた。

「あ、お茶いれますね!」

 話を聞く気になってくれたのだと理解したメイは、嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。

 それから、調理場の方に向かおうとする。

「いい」

 カイトは言った。

「はい?」

 動きを止めて、いま何を言われたのか、音をもう一度確認してくる茶色の目。