行かないで。

 目が。

 彼女の目が、そう言っているような気がした。

 必死な顔で引き止めるその表情に、カイトは心を奪われた。

 行かないで…。

 吸い寄せられる。

 行かな…。

「あっ! ごめんなさい!」

 メイは、ばっと手を離した。

 ガチッ!!

 瞬間、心の中のセーフティが作動した。

 しっかりと歯車を噛み合わせて、秒読みをストップさせてしまったのだ。

 ハッと我に返った。

 もう彼女の手は、自分の腕にはない。

「着替えるだけだ」

 ようやく、それだけを口に出来た。

 いまの自分の中に生まれた感じが、気に入らなくて暴れ出したくなる。

 自分という男は、ただ彼女に触れられただけで、あんなワケが分からない状態になってしまうのだ。
 それが、狂おしく腹立たしい。

 また、自分が宣言を忘れてしまいそうになったのに気づいたのだ。

 彼女は、カイトに夕食を食べさせたかくて、ああいう反射的な行動に出たのだろう。

 ただ、それだけなのだ。

 なのに。

「あ…すみませんでした。それじゃあ、下にいますから」

 メイが、逃げるようにその場を離れる。

 自分の行動とか態度が、また彼女を逃がしてしまったことに気づく。

 いや、今回のはメイが引き金を引いたことではあったけれども、その瞬間に、自分がどういう目で彼女を映していたかは、かなり自信がなかった。

 心の裏側を覗かれたのではないかと思うと、イラッとしたものがこみ上げてくる。

 一体、オレは何をやってんだ!

 人間は、理性という生き物ではないのか。

 それなら、彼女を失わないために最大限に我慢というものが出来るハズなのである。

 大事だと、大切だと思っているのならなおのことだ。

 なおのこと、自分をセーブしなければならないのに、たかが触れられただけで。

 自分の理性の浅さに腹が立つ。

 ドアを閉めて。

「クソッ…!」

 苛立ちを口にして、カイトは乱暴にシャツのボタンに指をかけたのだった。