こういう場合、必ずハルコがどこからか見ていて、あのイヤな微笑みを浮かべているに違いないと疑ったのだ。

 かなりひどい被害妄想にかかりかけていた。

 まあ、今までのことを考えると、仕方のないことではあるが。

 しかし、他には誰の姿もないように見える。

「あ、ハルコさんは帰られました」

 気持ちを見越したかのように、彼女はそう言って。

 メイにまで、ハルコを苦手にしていることがバレてしまってるような気がして、それがまた面白くなくなる。

 カイトは、プイと横を向いた。

 別に、ハルコのことを気にかけてるワケじゃねぇ、という素振りを作る。

 すると、彼女はそれ以上言及することもなく、夕食の話をし始めたのだ。

 肉じゃがの煮方がどうだとか味がどうだとか。
 一生懸命、鍋の中身についてアピールを始めるのだ。

 顔を前に戻すと――一生懸命な表情をしているのが分かった。

 というか、テンションが高いというか。

 とにかく、口につく言葉を片っ端からしゃべっている。

 意味を、本当に自分でも分かっているのか。

 何かあったのかと、ついじっと顔を見てしまった。

 顔とか瞳の奥に、カイトが見ていない昼間の彼女がいるのではないかと思ったのだ。

 しかし、見つけることが出来なかった。

「きっと、おいしいです…えっと…多分」

 それが、どうやら締めくくりの言葉だったらしい。

 メイは、ふっとそのまま口を閉ざしてしまった。

 次も何か言われるのかと待っていたが、それ以上言おうとはしない。

 落ち着かないようにソワソワしだした。

 どうやら。

 次の言葉が出てこないらしい。

 要するに。

 メイは、彼にご飯を食べに下りて来いと言っているのだ。

 きっと彼女が作ったのだろう。

 また、カイトがいない時に労働していたのである。

 しかし、メイ自身も食事をしないと生きてはいけないのだ。
 そういう意味では、しょうがないのかもしれない。

 それに、わざわざ彼を夕食に呼びに来てくれた。

 カイトの胸には、そんな些細なことでもコルクボードにピンで止められてしまうのである。