●66
「ああ、もう…」

 ハルコは――笑っていた。

 カイトに、あんなにまで怒鳴られて、結局シカトされてしまったというのに、それが嬉しくてしょうがないみたいだ。

 昨日のソウマもそうだった。

 この夫婦には、メイが見ているカイトとは、違うものが見えているに違いない。

「あの…」

 意味が分からずに、彼女を見る。
 どうしてそんなにおかしいのか。

「ああ、ごめんなさい…私がいなければ、あんなに機嫌が悪いこともなかったんでしょうけど…つい」

 さぁ。

 目だけ微笑んでいるハルコに促されて、寒い玄関を捨ててダイニングに戻る。

 そこには、夕食の準備が既に出来上がっていた。

『これだけ作れるなら、すぐにでもいいお嫁さんになれるわ』

 彼女は、出来上がった肉じゃがを味見しながら、そうホメてくれた。
 けれども、メイがなりたいのはお嫁さんではないのだ。

 そうじゃなくて、コックでも家政婦でも、何でもよかった。
 ただ、カイトの役に立ちたかったのだ。

「さて…あの調子じゃ、今日はもう口をきいてくれそうにないわねぇ……」

 暖かいダイニングで落ちつくワケでもなく、ハルコは椅子にかけていた上着を取った。

 帰るつもりなのだ。

「あの件は任せておいてね…ちゃんと彼に伝えておくから」

 ウィンク一つ。

 ウィンクされても…。

 一抹の不安を覚えた。

 ハルコが、予想を上回るようなことを、カイトに言ってしまうのではないか。

 それが心配だったのだ。

「あの、本当にそんなに気にしないで下さい…その、私のわがままですから」

 作業着が欲しいなんて。

 こんなにいい洋服をもらって、別に何もしなくていいとまで言われて、その上でのわがままなのだ。