「あのな…オレは、おめーに何もしねーから…妙な心配すんな」

 出てきた言葉は、それだった。

 どうせ、何もできねー。

 クソッ。

 内心で暴れるほどぶすったれているのが分かっていても、カイトはそれを宣言しなければならないのだ。

 でないと、一生彼女は自分を信用してくれないような気がしたのである。

 ぐしゃぐしゃにしたキッチンタオルを持った顔が上を向く。

 潤んだ茶色の目が、じっと彼の言葉を見ていた。

「そんで!」

 妙に声に力が入ってしまった。

「…金のことも気にすんな。返そうなんて考えなくていいからな!」

 大体、小娘1人がまっとうな仕事で返せる金額ではないのだ。

 ここで、またあんな商売に逆戻りされては、彼がアタッシュケースを開けた意味がない。

「あの…」

 涙声が自分に向けられる。

 多分、さっきカイトが言ったことについての反論なのだろう。

 しかし、カイトは言葉尻を彼女に渡したりしなかった。

「うー…んで、行くとこねーなら……ここにいろ」

 彼女から、目をそらしながら――声が違う音を含まないように気をつけながら、カイトは言ったのだ。

 こんなに、言葉に気をつけてしゃべったことなどなかった。

 ずっとここにいろ。

 そういう音が、メイにバレないように。

 カイトは、そっぽ向いたままだった。

 食卓に肘をついて、自分の顎を抱えてそっぽを。

 こんな言い慣れない言葉が、自分の口から出てくる日が来るなんて。

 とんでもない事実だ。

 けれども、彼女に出て行って欲しくなかった。

 何も出来なくても、それでもここにいて欲しかったのである。

 いままでのしがらみとかそういうものも、忘れて欲しかった。

 金のことも、昨日いた職場のことも何もかも。