「バグというのはね……プログラムの中の、まあ言うなれば書き間違いみたいな物でね。新しく開発されたソフトウェアには多かれ少なかれ必ずある物なんだ。だから最初は、僕も声のデータがコピーされないのは単なるバグだと思ってあまり気にしなかった。デバッグと言って、そのバグを探して消すなり書き直すという作業を始めた。他の技術者も大勢手伝ってね。だけど……なぜか、どうしても声のデータだけがコピーできなかった。何度やり直しても、どうしても声のデータだけが抜けたコピーしか出来てこなかった」
 おじさんは数秒黙り込んで、何かを思い出していたように見えた。やがてまた口を開く。
「原因は今でも分からないままだ。でも今では僕はね、こんな風に考えている。……そのプログラム、つまりボーカロイドのお雪だね、それに雪子の魂が宿ってしまったんじゃないか、とね」
 あたしは一瞬あっけにとられて、ポカンと口を開けてしまった。魂が宿った?ソフトウェアに?おじさんも照れくさそうに苦笑いをしながら言葉をつなぐ。
「昔の僕なら、そんな話大笑いしただろうけどね。でも、お雪を見ているとそんな気になるんだ。人間の魂をデジタル化したり、コピーしたりする事は出来ない。どれだけ科学が発達しようともね……」
 そこでおじさんはまた煙草の箱に手を伸ばし、でも開けずにそのままダッシュボードの上に戻した。そしてまた話し始める。
「ただ、いずれにしても、会社の新製品としてのボーカロイドは完成しなかった。僕は技術者だったから正確にいくらかは知らないが、お雪の開発には何億円、あるいは何十億円かな、とにかく大金が投じられていた。それが全部無駄になってしまったんだからね。僕は責任を取って会社を辞めざるを得なかった。ただ、お雪のオリジナルのディスクだけは退職金の一部としてもらってきた。それが君に渡した、あのディスクだったわけだ」
 いつの間にか自分でも気付かないうちに、あたしの右目から涙が一筋こぼれ落ちていた。