信号が青に変わり、車を発進させながらおじさんが答える。
「さっき言ったように、雪子の声はビデオカメラなんかで、かたっぱしから記録していたからね。ちょうどその頃、会社で新型のボーカロイドを開発しようという話が持ち上がった。僕は記録していた雪子の声のデータでそれを作ろうと提案した。録音を聴いた会社の偉い人たちも賛成してくれた。親馬鹿かもしれないが、あの子の歌声はそれだけの魅力があったんだ。それにその頃の僕はちょうど人工知能のプログラムの研究もしていたんだ。雪子の声とそのAIを組み合わせて今までにない新型のボーカロイドを作る。そういう事になった。僕はそれから半年間、一日も休まず、徹夜の連続でその開発に没頭した。」
 おじさんは三分の二ほど吸った煙草を車の灰皿でもみ消し、窓を閉じて続けた。
「そして僕はそのボーカロイドを完成させた。自信作だった。完璧な出来だった。会社はすぐに製品として量産しようとした。ところが……思いがけない、いや、信じられない事が起きてしまった。コピーが出来なかったんだ」
 あたしには何の事だかすぐには理解できなかった。いぶかしそうにしているあたしの表情に気付いたのだろう。おじさんがこう続けた。
「ソフトウェアとして大量に売りだすには、寸分たがわぬ同じプログラムを、DVDならDVDに、コピーしなきゃいけない。同じ物を何万枚も作らなきゃいけない。これは分かるかな?」
 ああ、そういう事か。あたしはおじさんに向かってこくりとうなずく。それを見たおじさんはまた続ける。
「ところが、それが出来なかったんだ。最初に作ったオリジナルのDVDから他の空のDVDにコピーしてみた。プログラムはほとんどがそのまま正確にコピーできた。ところが……そのコピーには声のデータだけが抜けていたんだ。最初は単なるバグだと思って……あ、バグというのは分かるかな?」
 あたしは今度は首を小さく横に振る。