テーブルには既に冷たい飲み物の用意がしてある。雪子ちゃんのお母さんは部屋の一角を指差してこう言った。
「さあ、会ってあげて頂戴。きっとあの子も喜ぶわ」
 その方向には、この洋風でおしゃれな家には似つかわしくない仏壇があった。扉が開かれた仏壇の中には額縁に入った写真が立ててある。そしてその写真には、あのビデオで見た少女の上半身が映っていた。
 え?まさか、これって……それは確かに夏樹雪子という名の、あの女の子の顔だった。あの発表会の時と同じドレス姿で映っている。あたしは思わず彼女のお母さんの方を振り向き、あわててPDAを取り出し文章を打とうとしたが、それをそっと手で制された。
「そう、それが雪子です。今は天国にいるの。もう二年近くになるかしら」
 そういう彼女の声を聞きながらあたしは呆気にとられてそこに立ち尽くした。雪子ちゃんはもう死んでいてこの世にいない?でも、じゃあ、なぜ彼女の声がボーカロイドになって……
 あたしはもう一つおかしな事に気付いた。雪子ちゃんの写真の前には位牌があった。そこに当然彼女の名前が記されている。でもその位牌にはこう書いてある。
『俗名 草薙雪子』
 あたしは位牌に近づき、その名前を指で指しながら雪子ちゃんのお母さんに目を戻し、またPDAで文章を打ち込もうとするのを手で制された。彼女のお母さんはあたしに向けてこう言う。
「分かってるわ。苗字が違うという事でしょ?あの子が死んだ時は、まだこの家にあの子の父親がいたの。その後離婚したのだけど。だから草薙というのはあの子の父親の姓。死んだ後に苗字を変えるのもおかしなものだから、そのままにしてあるのよ」
 それを聞いてあたしはまたまた何か、心の隅に何か引っかかる物を感じた。草薙という姓は多くはないが、かと言って世にも珍しいというほどでもない。でもあたしの頭の片隅で何かが引っかかって離れない。その時はそれが何なのか、どうしても分からなかったけれど。
 それからあたしと雪子ちゃんのお母さんは床に座ってテーブルの上の冷やしたジャスミンティーを飲みながら話をした。話をした、と言ってもあたしの方はPDA上の文章で、だけど。