「姫様、また悪戯ですか!?」
「ち.違うのよ、これは魔法を失敗しただけで」
あたしは頻繁に、教育係から注意を受ける。
毎日繰り返されるハプニング。
それは、すべてあたしが引き起こした問題。
あたしは、ユール・ド・エシャルという国のお姫様なの。
名前は、ローナ・ベル。
魔法を使うのが大の苦手。
だから魔法学校でも、学力は愚か技術が最下位の成績を持つ。
そんなあたしに、いきなり出された課題があった。
そう、それこそが【人間界へ“幸せ”を探しに行くこと】。
この国の姫として、ちゃんと国民を守っていけるように。
という、両親の希望兼ねての課外授業だった。
人間界では、魔法を使うことは禁止。
魔法使いであることも秘密。
期間は半年。
期待と不安を胸に、あたしは17歳の終わりに人間界へ旅立った。
そして───‥
「ここで、暮らせばいいの……?」
魔法学校の校長先生に連れてこられた先で、あたしは紙を片手に首を傾げた。
校長先生は、リンス・アヴァルアという綺麗な女の人。
怒らせると、とっても怖いのだけれど。
「そうよ、さぁ行ってらっしゃい。
その紙は、内容をしっかり覚えたら燃やしなさいな」
指示をすると、アヴァルア校長先生は人差し指で宙に円を描く。
描かれた円が、キラキラと光って。
「くれぐれも、正体がバレないようにね」
光に包まれて笑った彼女は、煙のように跡形もなく姿を消した。
ここが、あたしの暮らす場所なのね……
あたしのお城より、ちょっと小さな洋館。
アヴァルア校長先生に言われた通り、覚えるために握っていた紙切れに視線を落とした。
―――――――
※課題内容
この洋館で家政婦として仕事をし、人間界のことを学ぶこと。
“幸せ”を見つけること。
人間界では、決して魔法を使わないこと。
人間界では、決して正体を明かさないこと。
礼儀として、洋館の住人の名前を覚えること。
周囲に、迷惑をかけないように生活すること。
補足として、以下は住人様のお名前と年齢。
明峰 愛琉 (17)
篠井 誠 (17)
神 恋千 (16)
佐久間 蛍 (19)
小鳥遊 里音 (18)
年上には敬語を必ず使うこと。
あなたの人間界での名前は───
―――――――
「失礼ですが、そこを退いてもらえませんか。
通行の邪魔なのですが」
名前を覚えることに必死になっていると、突然背後から声をかけられた。
びっくりして振り返ると、メガネをかけた男の子が本を片手に見下ろしてくる。
ちょっと癖っ毛な真っ黒い髪。
見た感じ、どちらかと言えば優しそうな人だ。
「ご.ごめんなさいっ」
慌てて頭を下げて横にずれる。
恐る恐る顔をあげると、今度は
「存在がうぜぇんだよ」
ものすごく怖い顔。
あたしを舐め回すように見て、不機嫌そうに言った。
こっちは、ココアブラウンの長めの前髪を風になびかせて。
優しそうな人には、とてもじゃないけど見えない。
2人でお出かけしてたのかしら。
観察するように、洋館に入っていく2人を見る。
あれ………?
今、洋館に入ったよね?
じ.じゃあっ、あの人たちが住人のうちの2人なのね!
これからお世話になるのに、ちゃんと挨拶できてない。
どうしよう……っ!
混乱する中、紙をスカートのポケットに入れると急いで洋館の扉を叩いた。
◇
数分後、
「これから、ここで働かせていただく楼那すずです。
よろしくお願いします」
先程の2人を追いかけて頭を下げる。
人間界でのあたしの名前は、楼那(ロウナ)すず。
これから半年、この名前にお世話になるのね。
忘れないようにしなきゃ。
とびきりの笑顔を向けるけど、なぜか2人は笑ってくれない。
「あ.あのぅ……」
心配になって声をかけるけど………
「ちっ、」
片方には舌打ちをされ
「……早く、どこかに行ってもらえませんか。
読書に集中できません」
もう片方には、冷たく突き放され。
「は.はい……」
例えようのない威圧感にやられて、仕方なく出た部屋。
どこに行けばいいかもわからず、何気なく足を運んだのは洋館の外。
なんか、もうすでに不安でいっぱいになってきちゃった。
ううん、ダメよね。
こんなこと考えてたら、もっと不安になっちゃうもの。
首を左右にブンブン振ると、ポケットから取り出した紙をもう一度見た。
うぅー‥名前が難しすぎる。
みんな、なんて読むのかわからないわ。
やっぱり、きちんと自己紹介はしてもらわなきゃ。
名前と顔の一致は、紙に載せられた写真が教えてくれる。
さっきまではなかったのに、今になって見れる写真。
この紙には魔法がかけられていて、今頃になって効果が出てきたのね。
アヴァルア校長先生は、類い希な悪戯好きの先生だし。
きっとそうに違いないわ。
確信を持って納得していると、一度閉じた門が開き始めて。
こちらへ向かって歩く、見知らぬ男の子2人の姿。
あの人たちは……
手元の紙を見直して、名前の文字を頭に焼き付ける。
「はじめまして、こんにちは。
これからお世話になる楼那すずです」
焼き付けてから、勇気を振り絞って2人のところへ駆け寄った。
びっくりしたような顔をした後、2人共向けてくれる笑顔。
良かった……っ!
やっと笑ってもらえた。
嬉しくて、さらに話を続ける。
ローズィブラウンの柔らかそうな髪に、愛らしい顔。
この男の子は確か【神 恋千】。
「カミ、コイチくんね!」
元気いっぱいに言って、もう1人へ視線を向ける。
こっちの人は、ブロンドにひたすら優しいオーラ。
名前は、【小鳥遊 里音】。
「えーっと、コトリアソビ、サトネ…さん?」
まったく読み方がわからなかったけど、めげずに笑顔でいると相手が優しい笑みを零した。
それから、そのまま近寄ってきて手を差し出される。
「はじめまして、すず。
話は聞いてたよ、よろしく」
わぁ、素敵!
ここへ来て、初めてまともな会話をした気がする!
「えぇ、どうぞよろしくお願いします!」
飛びつくように相手の手を両手で握って。
その瞬間、様子を見ていたもう1人が呆れたように口を開いた。
「あんた、バカなんじゃないの?」
「え?」
「俺の苗字はカミじゃなくて、“ジン”。
そいつの名前は、“タカナシ リオン”」
見事なまでに、上から目線な口調の訂正。
あれ、あたし間違えた?
「どうも、“タカナシ”です」
握手をしている小鳥遊さんに言われて、顔が一気に熱くなる。
「ご.ごめんなさい!」
あたしとしたことが、名前を間違えてしまうだなんて。
これじゃ、姫として恥ずかしいわ。
人間界の名前って、こんなに難しかったのね。